本記事の制作体制
BECOS執行役員の熊田です。BECOSが掲げる「Made In Japanを作る職人の熱い思いを、お客様へお届けし、笑顔を作る。」というコンセプトのもと、具体的にどのように運営、制作しているのかをご紹介いたします。BECOSにおけるコンテンツ制作ポリシーについて詳しくはこちらをご覧ください。
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2023年5月に開催されたG7広島サミットで、G7首脳とEU議長及び委員長、またその配偶者への贈呈品を制作した、広島の漆芸作家の高山尚也さん。丁寧に色を塗り重ねたグラデーションと、漆塗りの最高峰とされる「呂色(ろいろ)仕上げ」による鏡のような輝きが、その美しい作品の特徴です。今回は高山さんに、G7首脳らへの贈呈品を制作することになった経緯と作品に込めた想い、また家業である仏壇・仏具製造のかたわら励む、広島漆芸作家としての制作活動、未来に向けた挑戦などを伺います。
1981年1月26日、広島市中区生まれ。同堀川町の老舗の仏壇・仏具製造販売を営む「高山清」の4代目として育つ。龍谷大学短期大学部仏教科を卒業後、京蝋色大塚に弟子入りして、呂色(ろいろ)の技術を身につけ、寺院、仏具の製作や修復に携わる。28歳のとき、広島へ戻り、県下の寺院の修復を行い、定評を得る。2018年ごろから、広島漆芸作家として「伝統的な技術で新しいものを生み出す」をコンセプトにした、制作活動を本格化。「広島漆芸 高山尚也」のブランドを立ち上げた。2020年に第63回日本伝統工芸中国展で「あけぼの」が広島県知事賞、21年に第38回日本伝統漆芸展で「ながれ」が朝日新聞社賞ほか、立て続けに受賞して、その名が一気に知れ渡る。22年に第69回日本伝統工芸展で「あけ」が入選し、広島の特産品のなかで、とくに優れたものだけが認められる「ザ・広島ブランド」として「広島漆芸 高山尚也」が認定された。2023年5月の広島サミット開催にあたり、開催都市の広島市からG7首脳とEU議長及び委員長への贈呈品の制作を依頼され、広島漆芸「伝」を作り上げた。また岸田文雄首相の裕子夫人から、ご指名を受け、G7首脳とEU議長及び委員長の配偶者への贈呈品として、広島漆芸「曙」を制作。
高山さんは2023年5月のG7広島サミットで、広島市から各国首脳への贈り物を制作されましたね。どのような経緯からですか?
2022年12月に広島市の方が来られ、「G7サミット開催にあたり、広島らしい贈呈品を探している」とお話をいただきました。私から酒器セットを提案したところ、その数日後に正式にご依頼の連絡をいただきました。
決定まで早かったのですね!
最初から広島市の方へ、「制作には数カ月がかかります」とお伝えしていました。じっくり取り組み、私自身が納得のいく贈呈品を完成させたい、と思っていましたから。正式決定後、さらに自分でイメージを膨らませ、「伝/潮騒」を作り始めました。「伝」は今回の酒器の形のことで、平和を象徴する「鳩」をイメージしています。また、「潮騒」というのは色目のことで、瀬戸内海をイメージした青色です。盆を含めて青から黒のグラデーションで仕上げました。
12月に依頼を受けてサミットまでに完成させるのは大変だったでしょうね!
「最高の逸品をお届けしたい」と考え、ほかの仕事は後回しにして、贈呈品の制作に時間をかけました。「伝」は乾漆という特殊な技法を使って、フォルムをきれいに仕上げることに集中しました。まず3Dプリンターで石膏の型を作りましたが、石膏より乾漆の方が軽いので、「置いた時に傾かずバランス良く立つか」は実際に作ってみるまでわかりません。色も本当に器と調和するかどうか、実際に塗ってみるまでわかりませんでした。形や色が満足できるものになるか、完成まで緊張の連続でした。
漆の技法の一つで、石膏などの型の上に、布や紙などを漆で張り重ねて素地を作る方法。乾燥後に型を取り去る。
配偶者の方々への贈呈品は、どのような経緯で?
広島市から依頼された贈呈品の制作に取りかかった矢先、岸田裕子夫人から高校時代の同級生の方を通じて連絡があり、「贈呈品を探している」と私の作品を見るため、工房まで来られました。裕子夫人が選んだのは、器の下に高台(こうだい)がなく、和にも洋にも使える「曙(あけぼの)」でした。色は日が昇る時分、曙時を赤と黒のグラデーションで表現し、おめでたさをイメージさせる作品です。私の作品ではグラデーションは器の下の方に入れることが多いのですが、今回、裕子夫人のご希望は、「グラデーションが良く見えるように、器の丸みの上の方にして欲しい」とのことでした。いつもとグラデーションの幅を変え、バランスが良くなるように工夫しました。
グラデーションの位置までこだわりがあったのですね!その後はどうなったのですか?
ご自身も制作に関わり、おもてなしの気持ちを込めたい、ということで、裕子夫人は再び工房に来られ、一番初めの塗の工程をご自分で行われました。8セットすべてです。慣れていたら1時間程度の作業ですが、2時間以上かけて、一つずつ丁寧に塗られました。「ご夫人が漆にかぶれるようなことがあってはいけない」と私は終わるまで細心の注意を払い、とても緊張したのを覚えています。
それにしても、首脳とその配偶者への贈り物の両方を作られたというのは、凄いですよね!
偶然が重なったとはいえ、このような機会を得られ、感謝しております。過去のサミットでは、一社が異なる自治体からの贈呈品を請け負ったことはあったようですが、一人の作家が首脳とその配偶者への贈呈品を制作したのは初めてということで、とても光栄に思っています。
高山さんが、贈呈品を制作する際に込められた想いは何ですか?
「こんな伝統工芸品が広島にあるんだ」と少しでも興味を持っていただけたら、という想いを込めました。さらに、「伝/潮騒」と「曙」は、ともに時間がたつと少しずつ色が変わり、作品の雰囲気に深みが増します。その変化を楽しんでいただき、ときどき「平和都市広島」を思い出していただけたら、本当に嬉しいです。
高山さんの作品は、漆が鏡面のように輝く「呂色(ろいろ)仕上げ」が特徴ですよね。「呂色仕上げ」はなかなか出来る人がいない、非常に難しい技術だそうですね。
漆を乾かしただけではなく、その上から墨で研いで、さらに光沢を出すのが「呂色仕上げ」です。塗膜(とまく)と呼ばれる、漆を塗った層は0.05mmくらいしかありません。それを細心の注意を払いながら研いでいきます。塗るのもテクニックがいりますが、研ぐ技術はさらに難しく、特にグラデーションの部分はとても気を遣います。研いだ後は「胴擦り(どうずり)」といって、研いだ傷の部分を埋めていく作業をします。それを何回も繰り返して、最後は手で磨いて仕上げます。下地の段階から丁寧に、きれいに仕上げなければならない「呂色仕上げ」は、漆塗りの最高峰の技法です。
塗るだけでなく、研いでいくことで、鏡のように輝くのですね!
漆はどんなに丁寧に塗っても、刷毛目が残ったり、空気の泡が入ったりします。それを研ぎによって取り去ることで、より漆の艶やかさや瑞々しさが出ます。
高山さんの作品のもう一つの特徴として、美しいグラデーションがありますよね。
グラデーションは、輪島の伝統的な「曙塗」を参考にしました。初めて曙塗を目にした時、その美しさに強いインパクトを受け、「自分でもグラデーションをやってみよう」と。伝統工芸の場合、色使いなどのルールが決まっていますが、私の場合は創作なので、使う色やグラデーションの場所は好きなように決めています。例えば黒と赤だけではなくオレンジも使いますし、今回の贈呈品のように青を使うのも、私のオリジナルです。
グラデーションで難しいところはどこですか?
グラデーションの場合、使う色同士の漆の粘度を同じレベルにしなければなりません。温度などで調整しますが、簡単ではありません。
高山さんは最初に京都で修行されたそうですね。「呂色仕上げ」を習得するためですか?
最初は漆を塗る「漆屋」での修行を希望していました。でも当時、なかなか修行先が見つかりませんでした。それで、漆屋で塗られたものを研ぐ「呂色屋」で修行をすることになりました。
「呂色」の修行をされて、いかがでしたか?
結果として良かったと思います。研いでいるうちに、塗りもわかってくるようになりました。例えば、漆の塗り終わりには、刷毛をどこかで止めなければなりません。その場所には漆が溜まるので、「ここはしっかり研がなければいけない」とか、塗りの見る目も養われました。「破れる(研いだ時に下地が出て失敗する)」場所とか、だいたい決まってくるんです。研いで失敗したら塗りの職人さんに戻しますが、頻繁に戻すと怒られる(笑)。怒られないよう経験を積むうちに、少しずつ研ぎの技術が身につきました。
京都での修行後は、広島に戻って、家業に従事されたのですね。
広島に戻って来てからは、仏壇の修復や、お寺の内装の修復などを行いました。ただ、お寺は、一度直すと100年くらいは仕事がないんです(笑)。さらにコロナ禍が始まり、お寺の修復などを決定する会合が開けなくなるという状況になりました。お寺の修復の仕事がなくなり、空いた時間を利用して、器など色々な作品の制作を始めるようになったんです。
漆器の制作は、それ以前はしたことがなかったのですか?
ありませんでした。ただお寺の修復に行くと、そこで漆器のお椀を持って来られ、「直してくれないか」と頼まれることがよくありました。お寺には葬儀や法事などの食事で使う漆器がたくさんありますから。
漆器の修復が、漆器の制作を始めるきっかけになったのですか?
私たちが普段お寺で行う修復作業は、大きい物を扱う現場での仕事なので、使っている道具も大きいんです。だから、お椀のサイズに合わない。「無理ですよ」とお断りしていました。でも何度も頼まれるうちに、「やってみようかな」という気になったのが始まりです。お寺の仕事では、「大切なお寺の内装に、指紋をつけてはいけない」と手袋をして作業をするのが当たり前でした。だからお椀を直した時に初めて直に触り、「漆とはこんな風合いなのか」と、漆器の感触や質感に驚きました。自分の作品を作ってみようと思うようになりました。
そういった経緯があったのですね!その後どうされたのですか?
まず、自宅で自分が使うために漆器でお茶碗を作って、ご飯を食べてみました。よく、「器によって味が違う」と言うでしょ?私はあまり信じていなかったんですが、びっくりするくらいご飯がおいしかったんです。「おいしい、おいしい」と食べていたら、子どもが関心を持ってくれて、お椀で食べさせてみたら「お父さん、おいしいよ」と。今でもそのお椀をずっと使っています。5年前のことです。
作ってみて、使ってみて、漆の器の良さを肌で実感されたのですね。
直したらまた使える、というのが漆器の最大の魅力だと思います。漆器は安いものではないけれど、大切に使えば、長い年月使い続けることができます。漆の木の温もりを感じながら食事をするというのは、あわただしい日常の中で得られる小さいけれど大きな幸せだと。「あの時感じた幸福感をより多くの人に味わってもらいたい」。そう考え、漆器を制作しています。
「広島漆器」ではなく「広島漆芸」とされたことに、こだわりはありますか?
私は仏像など寺社仏閣の修復からこの道に入って、漆器を作り始め、乾漆で「伝」のようなオリジナルの造形も作るようになりました。「漆器」だと器だけのイメージですが、例えば「漆箔木(しつはくぼく)」という、代々受け継がれてきたけど枯らしてしまった盆栽に、漆を塗ることで永遠の命を吹き込んだ作品などもあります。このように漆器だけでなく、漆を使った器ではない作品もあるので、「広島漆芸」としました。
「広島」独特の制作方法はありますか?
広島では「広島仏壇」が国の伝統的工芸品に指定されています。仏壇を塗る際に、漆の下地の中に特産である牡蠣の殻を砕いた粉=胡粉(ごふん)を混ぜるのが特徴です。「広島漆芸」でも、下地に胡粉を混ぜているので、その辺が「広島」らしいと言えると思います。
生活様式が変わっていく中で、仏壇の未来はどのように変化すると思いますか?
住宅事情などで、従来の形の仏壇を自宅に置くのは難しい時代になってきました。従来の仏壇の形にとらわれず、乾漆の技法などでこれまでにない「新しいスタイルの仏壇」が作れたら、と考えています。職人が減っている現在、自分で初めから終わりまで作ることができる乾漆で、仏様を安置する、新しくて美しい仏壇を作ってみたいです。既存のような箱型でなくてもいいのではないかな、と考えています。
確かに、「大切な祈りの場」=「仏壇」と考えると、箱という形でなくてもいいかもしれませんね。
乾漆の特性を生かして、今の住空間にマッチする新しい形の仏壇を作れたらいいな、と考えています。次の時代に仏壇をつないでいけますし、自分の作品としても残すことができます。
「広島漆芸」としては、今後どのような作品を制作されるご予定ですか?
伝統の技術はしっかり受け継ぎながら、形やデザインなどは時代に合わせて変化させていくことが大切だと思っています。漆を塗って研ぐという「呂色」の技術をさらに向上させ、艶やかさなど仕上げの美しさを追求するとともに、デザインはこれからもっと調整していきたい、と思っています。
今の作品でも本当に美しく、素晴らしいデザインだと思うのに、さらに上を目指されているのですね!
以前は職人として、依頼されたものを作っていましたが、この5年間は「自分で考え、一から作る」ことに専念しました。これからはさらに、自分の発想を生かしたデザインから、意図あるものを作っていきたいです。今回、広島G7サミットの贈呈品も、創作として自分で考えましたが、これからもっと色々研究し、勉強して、みんなが「美しい」と思えるもの、漆の美しさが表現できる作品を作りたい、と思っています。
「漆は時と共に色味が変化していきます。使う楽しみと、色の楽しみがある。そういう風に漆の作品を見てもらえると嬉しいです」とおっしゃる高山さん。 謙虚で誠実なお人柄そのまま、一つひとつ丁寧に仕上げられる作品は、その完成度の高さとデザインの美しさが本当に唯一無二である、と感じました。 最高峰の漆塗り技法「呂色仕上げ」を受け継ぎつつ、柔軟な発想とたぐいまれなセンスを持たれる高山さんの、これからのご活躍を楽しみにしています!
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