コラボあり、観光あり!アイヌ工芸の魅力と新しい試み

本記事の制作体制

熊田 貴行

BECOS執行役員の熊田です。BECOSが掲げる「Made In Japanを作る職人の熱い思いを、お客様へお届けし、笑顔を作る。」というコンセプトのもと、具体的にどのように運営、制作しているのかをご紹介いたします。BECOSにおけるコンテンツ制作ポリシーについて詳しくはこちらをご覧ください。

北海道を中心とした日本列島の北部地域で、豊かな自然の中、長い年月をかけて独自の文化・風習を築き上げてきたアイヌ民族。刺繍や木彫りなどに代表されるアイヌ民族の伝統工芸は、その神秘的で力強い魅力で、多くの人々を惹きつけています。

今回はアイヌ伝統工芸の魅力と、次世代につなげるための取組みについて、「with AINU CRAFTS.」などを通じてアイヌ工芸の新たな発信にチャレンジされている、北海道庁の藤井さん、アイヌ刺繍作家の藤岡さん、電通北海道の中西さんにお話を伺います。

北海道を中心とした日本列島の北部地域で、豊かな自然の中、長い年月をかけて独自の文化・風習を築き上げてきたアイヌ民族

刺繍や木彫りなどに代表されるアイヌ民族の伝統工芸は、その神秘的で力強い魅力で、多くの人々を惹きつけています。

アイヌ工芸品が並べられた写真

今回はアイヌ伝統工芸の魅力と、次世代につなげるための取組みについて、「with AINU CRAFTS.」などを通じてアイヌ工芸の新たな発信にチャレンジされている、北海道庁の藤井さん、アイヌ刺繍作家の藤岡さん、電通北海道の中西さんにお話を伺います。

編集長 赤津
編集長 赤津

魅力あふれるアイヌ文化を未来につなげるための試みや課題、またアイヌ工芸とほかの地方の工芸の共通点や違いなど、興味深いお話が満載です!

北海道庁 藤井さん

令和元年(2019年)5月に、アイヌの人たちが先住民族であるとの認識を示した「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律(以下「アイヌ施策推進法」という。)」が施行。

令和2年(2020年)7月に、アイヌ文化の復興・発展のための拠点となるナショナルセンターである民族共生象徴空間「ウポポイ」が白老町に誕生。

北海道においても、令和元年(2019年)10月にアイヌ施策推進法の規定に基づく「北海道におけるアイヌ施策を推進するための方針」を、令和3年(2021年)3月に「北海道アイヌ政策推進方策」を策定し、アイヌ施策推進法の趣旨に鑑み、未来志向によるアイヌ政策を推進することにより、アイヌの人たちが民族として誇りをもって生活することができ、その誇りが尊重される社会の実現を図り、もって道民が相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現を目指している。

藤岡千代美さん

(株)プライム所属、アイヌ民族啓発推進課課長。アイヌ刺繍作家・アイヌ文様ディレクター・デザイナー。アイヌ工芸品「アイヌモシリ新千歳空港店」店長。アイヌ刺繍を20代よりはじめ、伝統を重視した文様から、新しいスタイルの文様までオリジナルで ”世界に1点だけの作品” を手がける。アイヌ伝統古式舞踊の団体に所属し、国内外で公演活動を行いアイヌ文化の普及・発信に日々つとめている。

電通北海道 中西さん

北海道をフィールドとして企業や地域の発展のためにさまざまなクライアントに統合的ソリューションを提供する(株)電通北海道で、プランニングなどを長く担当。現在はアイヌ文化に関する仕事に多く携わり、民族共生象徴空間ウポポイや北海道内の各地域で、アイヌ文化の振興や発信などのサポートを行っている。

目次

なぜ惹きつけられる?アイヌ文化の魅力

「with AINU CRAFTS.」とは?

赤津:
今回は、道庁さんが主催されている「with AINU CRAFTS.」というプロジェクトで、アイヌ工芸を日々の暮らしに取り入れる提案に加え、新たな販路の拡大やアイヌ工芸を活かした商品の開発などを目指している皆様にお話しいただきます。まずは、このプロジェクトの概要について教えてください。

北海道庁 藤井さん:
北海道が推進するアイヌ政策としては大きく2つあり、1つ目は「アイヌの方々への理解促進」、2つ目は「アイヌの方々が育んできた魅力ある文化の振興、発信」ということです。

2つ目に関しては、木彫り・刺繍などのアイヌ工芸品の認知の向上と、幅広い顧客層の獲得を目指し、工芸家が経済的にも安定した制作活動を行える環境づくりを目標としています。また、貴重な技術を次世代に継承していくため、若き担い手の育成にも力を入れています。

それらを実行するためのプロジェクトとして、「with AINU CRAFTS.」を立ち上げました。

アイヌ文様のバックを持った女性の写真

赤津:
プロジェクトの1つであるオンラインショップなどでは、「アイヌ文化の魅力を多くの人に、もっと身近に感じてほしい」ということで、日常生活に取り入れやすいアイテムが充実していますね!

「with AINU CRAFTS.」では、アイヌ工芸品の販売促進としては、どのような活動をされているのですか?

北海道庁 藤井さん:
アイヌ工芸品の販路拡大のためには、百貨店などで工芸品を扱う専門店を開店したり、アイヌ工芸品に関するオンラインショップを立ち上げたりしています。また、今年は首都圏での展開も進めており、工芸家と東京の販売・製造事業者とのマッチング(商談会)や、大規模なハンドメイドイベントへの出展も実施しました。

札幌市内の百貨店で出展の際には、札幌空港内のアンテナショップ「アイヌモシリ24K」を運営するプライムさんにご協力いただき、アイヌ文化を身近に感じていただくことをコンセプトとして、私たちの生活に溶け込むようなお店のイメージづくりを行いました。

そのような形で、多くの方に新たにアイヌの文化の魅力を知っていただく機会の創出に取り組んでいます。

ずばり、「アイヌ工芸の魅力」とは?

赤津:
アイヌ文化の魅力を広める活動をされている皆様ですが、改めて、アイヌ工芸品の魅力とは何だと思いますか?

藤岡さん:
まずは「手づくり」ということだと思います。そもそもアイヌの工芸品は、売るためにつくるものではないんです。生活の中で、それぞれの家庭で手づくりして、小さいときから子供に着せたり、それを身に着けないと参加できないものがあったりと、アイヌの暮らしの中で大切なもの、なくてはならないものなんです。

現代では昔と同じような暮らしをしていませんが、昔ながらの風習、文化を継承していくために、伝統のものを身に着けるということは、なくてはならないものだと思っています。

赤津:
「身に着けないと参加できないもの」とは何ですか?

藤岡さん:
例えば、アイヌのさまざまな儀式にも、正装で参加する必要があります。儀式にはいろいろな種類がありますが、その儀式のために特別な料理をつくったり、手で縫ったものを着たり、男性たちがつくった道具を使ったりと、儀式そのものが、現代に住む私たちにとってアイヌを体感できるものであり、アイヌ文化を継承する上で大切なものだと思います。

アイヌにとっては儀式が一番大事なもので、そこに付随するものとして伝統工芸があるのでは、と思います。

北海道庁 藤井さん:
アイヌ文化の魅力は、すべてのものに魂が宿るという精神文化や、各種の祭りや家庭の行事などで踊られる古式舞踊、また木彫りや刺繍など各地で独自に発展した文化・工芸などにあると思います。アイヌの工芸品は、繊細な技術に目を見張るものがあるし、またそれを伝えようという力強さが相まって、奥深い魅力として惹きつけられるのかな、と思っています。

北海道としても、その魅力を伝え、できるだけ多くの方に直接触れていただきたいと考えています。

電通北海道 中西さん:
アイヌ工芸は、端的に「美しい」と思います。私自身もその美しさに魅了されてきた一人なのですが、かつて、民藝運動の創始者である柳宗悦がアイヌ工芸を評して「そこには本質的な美がある」という趣旨のことを言っています。そして、アイヌ工芸の美の根源は「信仰」にあると言っているんですね。

信仰と言うと少し狭い範囲になってしまうのですが、藤岡さんが先ほどおっしゃったように、商品として、単なるモノとしてつくっているということではなく、そこに信仰であったり、家族への想いであったり、そういうことを踏まえた文化の中に位置づけられるものとしてアイヌ工芸があり、そういうものを持ちながらしっかり伝承されて今に受け継がれてきたということが、柳の言う本質的な美のベースになっているのだろうな、と思います。

赤津:
祈りや文化と密接な関係があるということが、ただ単に道具や生活必需品というだけではなく、美しさにもつながるのでしょうね。

あの漫画の影響大!?アイヌ文化への注目

赤津:
近年、世間でアイヌ文化への注目が集まってきたように感じますが、実感するエピソードなどはございますか?

藤岡さん:
新千歳空港の店舗で接客をしていると「お客さんが増えたな」と実感します。ちょうど増えるかな、と思ったときにコロナ禍が始まって、外国人観光客が来なくなってしまったのですが、最近はアジア圏のお客様も増え、色々工芸品を買ってくれるようになりました。またここ数年は、「ウポポイ」と「ゴールデンカムイ」の影響がすごくあるな、と感じています。

参考

ウポポイ(民族共生象徴空間)
北海道白老郡白老町にある、アイヌ文化の伝承・復興・発展のためのナショナルセンター。主要施設として「国立アイヌ民族博物館」「国立民族共生公園」「慰霊施設」などがあり、アイヌ文化に関する展示・調査研究、文化伝承・人材育成、体験交流や情報発信などの機能を持つ。愛称「ウポポイ」は、アイヌ語で「(おおぜいで)歌うこと」を意味する。

参考

ゴールデンカムイ
『週刊ヤングジャンプ』(集英社)に2014年から2022年まで連載され大ヒットした漫画。作者は野田サトル。コミックス全31巻。明治末期の北海道・樺太が舞台の、金塊を巡るサバイバル・エンターテインメント。アイヌの少女が主要登場人物の一人で、歴史・狩猟・グルメ要素の他、アイヌの民族文化も詳しく描かれる。2018年の手塚治虫文化賞や2022年の日本漫画家協会賞など、受賞多数。

藤岡さん:
アイヌの工芸品を買う方は、昔は年齢層が高かったんですよね、高額商品なので。10年前であれば、60代くらいの方が「家に飾るんですよ」と5万円以上のタペストリーや着物を買われていたのが、今は若い人がお金をためて買いに来る、というケースが増えています。

若いお客さんに、「何でこれを買うの?」と聞いたら、「聖地巡礼するんです」ということでした。「これを身に着けて、二風谷に行くんです」とか。

赤津:
工芸品を身に着けて、その世界に入って北海道を回りたい、という人が若い人の中で増えてきたのでしょうか。面白いですね。ほかの地域ではあまり聞かないですね。

藤岡さん
藤岡さん

「函館に行くんです」とか「小樽に行くんです」とか。読んでいないとわからないんですけど(笑)。

編集長 赤津
編集長 赤津

確かに出てきますね。漫画の効果はすごいですね!

北海道庁 藤井さん:
ゴールデンカムイの大ヒットが追い風になっているのは実感しますね。首都圏のイベントなどで出店しても、ゴールデンカムイのキャラクターに惹かれてみんな集まってくるようです。でもそれだけではなく、声をかけると、店の中に入ってアイヌの工芸品をきちんと見ていってくれます。

ですから、入口はゴールデンカムイやウポポイかもしれませんが、それをきっかけにして、アイヌの歴史や文化に対する関心が高まってきているように感じています。

観光と工芸は相性が良い!?

観光資源としてのアイヌ工芸

赤津:
北海道は、もともと観光地としてとても人気がありますよね。観光資源としてのアイヌ工芸について、どう考えられますか?

北海道庁 藤井さん:
北海道としては、各地で受け継がれたアイヌの伝統文化になるたけ触れていただけるよう、さまざまな媒体や機会を通じて、地域独自の取り組みや魅力を発信したいと思っています。また、縄文遺跡とか、雄大な自然とか、北海道ならではの豊富な食材といった各地の地域資源とアイヌゆかりの地とを組み合わせてモデルコースを作成し、旅行エージェントや各事業者を対象にセミナーを開催することも考えています。

水際対策が緩和され、これから多くの方々が北海道を訪れてくれると思うので、今が絶好のPRの時期と思います。そういった中で、道としてはアイヌの伝統工芸を観光資源としてどんどん活用し、アイヌ文化をさらに発信していきたいと思っています。

電通北海道 中西さん:
これはアイヌ文化に限らず、伝統工芸一般に言えると思うのですが、工芸と観光というのは極めて親和性が高いと思います。弊社で以前、アイヌ工芸に興味を示している海外の方々を対象にオンライン調査をしたことがあるのですが、「産地である北海道に行ってみたいか」と質問したところ、かなりの確率で「行ってみたい」という回答があり、改めて工芸と観光の関連性を確認しました

地域固有の伝統工芸を見て、それらが生まれる土地に行ってみたいと思うのは自然なことでしょうし、その旅先で工芸品に出会えば買いたくなるというのも当然のことと思います。つまり、「工芸品から旅をしたくなる」ということと「旅をすれば工芸品が買いたくなる」というのは相関関係にあるので、これからは工芸品をつくり、売っていく中でも、人が移動することを視野に入れて考えていく、というのが重要になるのではと思います。

具体的取組とは?「まずは目につき、手に取ってもらう」

赤津:
アイヌ工芸を北海道観光の観光資源として積極的に取り入れたいということですが、観光客を惹きつける工夫として、具体的な事例などあれば教えてください。

北海道庁 藤井さん:
「工芸品の露出機会を多くしていく」というのが一番でしょうから、道が主催する道内外での各種イベントの際に、積極的にアイヌ工芸品を貸し出して展示してもらう機会を増やしています。

とにかく目につくような、多くの方に見ていただけるような取り組みを行っていきたいと思っています。

電通北海道 中西さん:
アイヌ工芸の産地はコロナ禍で観光客が減りダメージを受ける中、オンラインで発信するなど努力を続けてきました。今は人が動ける状況になってきたので、各地域で訪れた方がアイヌ文化を体験していただけるようなショートツアーの企画などが始まっています。

体験価値を提供することで、アイヌの工芸品を実際に欲しくなる方もいらっしゃると思うので、そのような体験ツアーなどを多様な方向で開発していくことが、今後必要になっていくと思っています。

赤津:
お土産の開発もされていますが、手に取りやすい価格帯のものが多いようですね。観光ということを考えて、そのような価格帯で新しく開発されたのですか?

藤岡さん:
やはり、「アイヌというものがいるんだよ」ということをまず知ってもらわないと話が始まらない、というのを昔から感じていましたので。「アイヌとはこういうもの」と説明するより、「高くなくてこれなら買えるな」と思えるようなカジュアルなものをつくって、まず手にとってもらい、それによってアイヌに興味を持ってもらえればいいな、と思いました。

弊社では女性が中心になったチームがあるのですが、そこで女性をターゲットをした商品を開発したり、ドラえもんとコラボさせていただいたり、アイヌ文様を改めて監修して、半年以上かかってアイヌ文様を入れた商品をつくってみたり、といろいろ工夫しました。

編集長 赤津
編集長 赤津

アイヌ文様、素晴らしいので、いろいろな商品展開ができそうですね。

藤岡さん
藤岡さん

はい、そう思います。今はまず、北海道の企業の方とコラボして商品を開発したりしています。

アイヌ伝統工芸のこれから

アイヌ工芸発展の課題とは?

赤津:
アイヌ工芸が今後さらに発展していくためには、どのような課題があると思いますか?

藤岡さん:
アイヌ工芸の場合、一人でつくっていらっしゃる方が多いので、制作できる数やスピードに限界があります。例えばタペストリー1枚つくるのに半月かかるので、月に2枚売れてしまったら、その次の月まで待たなければなりません。

ですので、「ものづくりが滞って商品が間に合わない」という状況をどうするかが課題です。そこをクリアするためには、量産品的な手に取りやすい価格の商品を考えたり、または経費がかかっても機械を導入して、例えばイタをつくる場合であれば、できるところは機械を使い、文様は手で彫るとか、何か考えていかなければいけないな、と思っています。

参考

イタ
アイヌ語で「木のお盆」のこと。平取町二風谷でつくられる「二風谷イタ」は、国の伝統的工芸品に指定されている。平たい木製の盆で、カツラやクルミの木を材料につくられ、アイヌ文様が彫り込まれる。

二風谷イタの写真

赤津:
それぞれの作家さんが、ご自身でつくられる場合がほとんどなのですか?

藤岡さん:
はい。ですので、商品が滞らないための対応策として、例えば各地のアイヌ文化保存会の人たちにものづくりをお願いし、その収入が保存会の活動費になるようなシステムも考えています。

また、刺繍する、ミシンを縫うというような工房的なものが札幌にあったらいいな、と思っています。

赤津:
アイヌ工芸では後継者の方や、これからやってみたい、という若い方は数多くいらっしゃいますか?

藤岡さん:
後継者も若手も、あまり数は多くないですね。

例えば今は、縫い物ができる人が少ないんです。10年くらい昔までは、刺繍の訓練の学校があって、3ヵ月くらいで技術を習得できるようになっていました。でも、それがなくなってしまったので、できれば復活させたいと思っています。若手の縫い手を増やすために、地元の保存会では若い子たちを集めて着物を縫う、といったことも行っています。

男性の場合は仕事があるのでさらに難しく、男性の後継者はほぼいない、といった状況だと思います。女性の場合は、縫い物の技術を伝えるために、これからは「自分たちの子供には自分で縫う」というような形で、次の世代につなげて行けたらいいな、と思っています。

紺色のアイヌ刺繍の写真

北海道庁 藤井さん:
工芸品の発展のための課題としては、持続可能な制作活動をするための経済的な自立と、人材育成が挙げられると思います。

アイヌの作家さんたちが制作活動を続けていくためには、経済的に自立できるための安定した収入が不可欠で、そのためのシステムづくり、環境づくりを行うことが必須だと思います。

また、現状では工芸だけで生活するのは難しいため、後継者や担い手が不足し、つくり手がどんどん高齢化しています。次世代を担う若い人が増えないと、アイヌ工芸を維持・継承していくのは難しいですよね。北海道としては、アイヌ工芸家を講師に招き、高校での出前講座を開催し、そこで興味を持った人には二風谷でさらに技術を習得するためのインターン研修をしてもらうなど、わずかでも後継者育成につながる支援ができればと考え、電通北海道さんと本年度事業を進めています。

電通北海道 中西さん:
課題としては、お二人のおっしゃったことと重なるのですが、「生産体制をどう整備するか」と「後継者をどう育成するか」ということだと思います。

もちろんもう一つ「販路の拡大」も必要とは思いますが、ここ何年かやってきて、販売については色々な可能性が見えてきました。

一方で、そこで売っていく商品の供給がなかなか追いつかない現状があります。それは藤岡さんがおっしゃったように、一人ひとりの作家さんが手作りされているためで、素材の収集・材料づくりからものをつくっていくところまで、すべての工程を一人の方がつくるというのが伝統的なアイヌ工芸のつくり方であるためです。

そのため、当然多くのものがつくれず、一つひとつのものが高額になるので、販売市場を広げていくにはネックになっています。ですから、ある程度産業化していくというか、一定の量を安定してつくり続ける体制をつくっていく必要があると思います。

赤津:
生産体制と後継者、販路の問題は、全国の工芸のどこにで当てはまりますね。

電通北海道 中西さん:
そうですね。これはいろいろな地域で皆さん始められていますが、藤岡さんがおっしゃったように、ベーシックな部分は共同生産をするとか機械を入れた形にして、そこからそれぞれの作家の方々が自分なりの仕上げをしたりとか、部分的にアウトソーシング、産地以外のところに出すなども含めて、考えていく必要があるのだろうな、と思っています。

ただ一方で、「アイヌ工芸の魅力はそもそも何であるか」というと、「産業化していないところ」ということがあると思います。日本全国いろいろな素晴らしい伝統工芸がありますが、それがどんどん消えていっている中で、アイヌ工芸は、後継者が今は少ないものの、なくなることなくきちんとつながってきたし、今も数は少ないけれど、若い人の中につくる方がいらっしゃるというのは、逆説的ですが「産業じゃないから」だと思います。

アイヌ民族のアイデンティティ、文化伝承として取り組んでいるから、産業でなくても、今まで失われませんでした。それは、同時にもの自体の魅力につながることでもあるので、ある程度産業化やビジネス化はしなければいけないのでしょうけれど、それだけにフォーカスをした生産体制の整備をしていくと、多分間違えるのだろうな、と思っています。

赤津:
「産業ではない」工芸であったからこそ、途絶えなかったという部分があるのですね。

電通北海道 中西さん:
アイヌ民族のアイデンティティとしての文化を背景としたものづくりを失わない中で、どう生産能力をあげるか、というところだと思いますが、文化を背景としているので、やはりアイヌ民族の方々自身が考えていくことだと思います。それを我々はサポートし、本質的なものを失わない中でものがつくれるようにしていく。それでものが売れるということになれば、後継者にもつながると思います。

電通北海道
中西さん
電通北海道
中西さん

全国の伝統工芸でもそうだと思うのですが、「食べていけないから後継者につながらない」のだと思います。工芸一本で食べていけるようになれば、専念して下さる方も出てくるでしょうから、そういう風につなげていけるような、ものづくりの環境をつくっていけたらと思います。

編集長 赤津
編集長 赤津

今回の「with AINU CRAFTS.」のプロジェクトなどが、解決の糸口になったらいいですね。

相乗効果に期待!ほかの伝統工芸品とのコラボ

赤津:
アイヌ工芸品と、他地域の伝統工芸品とのコラボレーションの可能性については、どう思われますか?

藤岡さん:
他地域の工芸とコラボすることで、お互いに相乗効果で知名度が上がり、アイヌ文化も知ってもらうきっかけになれば良いな、と思います。また先ほどの話のように、手づくりに限界があるところからも、他地域とのコラボは新しい可能性を開いてくれるかもしれない、と思います。

アイヌ工芸では、縫物をする人、木彫りする人は結構いますが、商売にしようとは思っていない人もいれば、工芸以外の活動が忙しくて手が回らない人もいます。私も会社勤めをしながら、夜な夜な縫い物をしていますが、縫い物だけでやっていかなくても楽しいし、踊りで伝えたいこともあります。

だから、純粋にアイヌ工芸品という形で残すのはなかなか難しいと思いますが、例えばほかの有名な工芸とコラボすることで、アイヌのデザインやものをより多くの人に普及・発信できると思います。また、ほかの地域の皆さんの知恵をお借りすることで、「アイヌの文様がこんな風に素敵になるんだ」とか、「かっこよくなるんだ」とか、私自身がアイヌの頭で考えてしまうと気が付かない発想が生まれます。そういう意味で、コラボというのはこれからとても重要になると思っています。

赤津:
外からの視点で、改めて自らの持っているものの良さに気付く、というのはありますよね。

藤岡さん:
そうですね。だから、コラボはどんどんやっていきたいと思いますし、それで手づくりできない人達も、デザインさえできれば参加できるとか、工芸に限らず歌や踊りもそうですが、知恵を持っている方に助言いただけることで、アイヌ文化が普及できるのであれば、色々な人達に協力をしてもらいたいと思います。

もちろん伝統を重んじて、反対するアイヌの人たちもいるかもしれませんが、私はまず「アイヌを知ってもらう」ことが大切だと思うので、コラボによってさまざまな人たちの協力を得ながら、アイヌのことを多くの方に知ってもらいたい、と思っています。

私自身がやっている縫い物の仕事も、コーディネートしてくださる方はアイヌの人ではないのですが、アイヌ文化を発信したいと思ってくださっていて、そういう人たちの力があってこそ、私も縫い物ができています。だから、協力の一環としても、コラボというのは重要なのでは、と思っています。

電通北海道 中西さん:
色々なメーカーさんとか、他地域の工芸とのコラボは意義や可能性がある、と思っています。藤岡さんもおっしゃったように、「商品の安定した供給」という課題の解決の一つのあり方として、ものづくりの根幹となるデザインやコンセプトの部分を外部の人と協力してアイヌの方々が行い、実際の製品化はアウトソーシングする、というのは良い方法ではないかと思います。

そういう形でものをつくることによって、一つには作家の方々にとっては、最初にきちんとコンセプトづくりさえ行えば、その後は自分で手を動かさなくても収入を得る手段になりえます。そういう収入があることによって、手間のかかるものをつくるのに集中する時間ができるかもしれません。

もう一つは、ある程度の量産が可能になるので、値段が少し安いものをつくることができ、幅広く色々な方の目につくことになります。最初はそういったものを手に取っていた方が、いつかは手作りのものが欲しいということで、新たな顧客になっていくということもあり得ると思いますし、そういう風に広めていくことと収入を得るという両方の意味で、コラボは意味があると思います。

赤津:
コラボにも、いろいろな形が考えられそうですね。

電通北海道 中西さん:
そうですね。コラボレーション先としても、さまざまな相手が考えられると思います。

また商品のつくり方にしても、例えばTシャツなど大量生産が可能なもので値段を抑えて多くの方に手に取ってもらう、というのも一つですし、あるいはもう少し手が込んだもので、手仕事の香りが感じられるような、もう少しクラフトよりの少し値段の高いもの、さらには、もっと高くはなるのでしょうが手仕事のみでつくったものなど、価格的にも味わい的にもいろいろな商品が考えられます。

そういうものづくりを通して、アイヌの手仕事が広がっていき、またつくり手を支えることにつながるのでは、と考えています。

編集長 赤津
編集長 赤津

アイヌ文様の有田焼のコラボのお皿などもありますが、アイヌ文化をあまり知らない方でも、有田焼が好きということで手に取られることもあるでしょうね。

電通北海道
中西さん
電通北海道
中西さん

そうですね。有田焼ファンの方や、メーカーのブランド力でそのメーカーのファンの方が手に取ってくださったりとか。コラボレーションにはそういうパワーがあると思います。

アイヌ文様の有田焼のお皿の写真

今後挑戦したい取組

赤津:
アイヌ工芸品の普及のために、今後挑戦したい取り組みなどはありますか?

藤岡さん:
これからの人たちにつながるきっかけや土台を、今のうちにつくってあげたい、と思っています。有名じゃなくても、とても刺繍の上手なおばさんたちもたくさんいます。そういう世に出ていない人たちも、収入を得られるような仕組みをつくりたい、と思います。

アイヌを通した事業という形で、アイヌ以外の方々にも協力していただければ嬉しいし、私自身も、私をきっかけにほかの人につながっていくのなら、できるだけのことをしたいと思っています。老後のおこづかいでもいいから稼げるような形で、アイヌの工芸が売れるような環境になればよいな、と思っております。

赤津:
先ほど伺ったお話によると、専業でやっている方は少ないのですか?

藤岡さん:
本当に少ないです。札幌の場合は、「ピㇼカコタン」というアイヌの施設があるので、例えばそこの市民講座で教えることができれば、年中ものづくりをしなくてもお小遣い程度の収入を稼ぐことができます。ただ、その場合でも現場で働ける年齢層に限られるので、年を取ると働くのは難しくなってしまいます。

ですから、小さなもの、コースター一枚でもつくったら収入になるような仕組みをつくり、専業で働くのは難しいお年寄りや若い主婦などが、お小遣い程度の稼ぎを得られるようにできれば、と考えています。

参考

サッポロピㇼカコタン(札幌市アイヌ文化交流センター)
アイヌ語で「札幌の美しい村」という意味。アイヌ民族の文化や歴史を楽しみながら学び、理解を深めることを目的にした施設。民族衣装や工芸品などの屋内展示のほか、屋外には伝統的な家屋(チセ)などを再現した「歴史の里」、アイヌの人々と関わりの深い植物が植えられた「自然の里」などの施設があり、アイヌ民族の生活文化を知ることができる。刺繍や木彫りなど各種体験講座も行う。

赤津:
アイヌ工芸が商業的でないのは、伝統的にそういうもの、つまり「売るものではなく皆が家でする手仕事」というような位置づけだったからなのでしょうか?ほかの地方だと、工芸品は専業の小規模メーカーなどが制作する場合が多いと思います。

藤岡さん:
それで稼げる、ということ自体知らない人が多いと思います。自分の着物を新調したり、子供のものを縫ったり刺繍をする、という感じで。個人でそれだけで食べている人はほんの数人、という感じですね。

地方に至っては特に、売っているものがとにかく安いんです。空港だと1万円のものを、地方の人は3,000円で売っていたりします。値付けの感覚が違うんです。趣味のようなもので、売れたら生活の足しになるから少し売ってみようか、という感覚ですね。

「空港で売りたいからつくって」と言っても、反応はあまり良くないんです。そこまでして縫い物をしたい、と思っている人があまりいないんですね。

北海道 中西さん:
恐らく歴史的に言うと、「信仰や暮らしに必要なものを自分たちでつくる」という形でつくってきたものが、今アイヌ工芸と言われているもので、職人さんがいてつくっていたわけではないんです。

皆それぞれの家庭で自分のものをつくっていました。だから、まったく産業化しておらず、逆に言えば全員がつくることができました。それがアイヌ工芸の特徴だと思います。

そこから始まり、今まで産業化することなく伝えられて来たというところが、日本のほかの多くの伝統工芸と違う点だと思います。

赤津:
「自分や家族が使うためのもの」としてのものづくりが、今に至るまで続いてきたのですね。

電通北海道 中西さん:
例えば東北地方の工芸で、家族のために刺し子を刺すとか、農作業のためのカゴを編むとか、そういうあり方に似ているかと思います。例外的に、60~70年代の北海道観光ブームのときの熊の木彫りなどがありますが、当時はそれで生計が立てられたので熊の木彫りに従事する人が多く、ある程度分業化されていたので、何人かでいっしょにつくることもあったそうです。ただ、それらは特殊な例で、元来はそれぞれ自分ひとりでつくってきたという流れで、アイヌ工芸はここまで来ています。

木彫りの熊の写真

電通北海道 中西さん:
男性はやはり生活の収入、現金収入を得なければいけないので、木彫りの熊ブームが去って収入が得られなくなると、ほかの仕事を探すしかなかったのではないでしょうか。

一方で女性は、今はいろいろな価値観がありますが、かつては家庭のことを行うという役割が一般的だったので、そこで家族のために縫い物をしたりとか、趣味として刺繍を続けることが可能だったのでしょう。今、刺繍をやる人はたくさんいても、木彫りをやる人は少ないというのは、そういう歴史の流れがあってのことと思います。

赤津:
そのあたりの課題がまだありそうですね。今回の「with AINU CRAFTS.」のプロジェクトを通して、アイヌの手仕事をされている方々に少しでも金銭的に還元できるといいですよね。

ところで、アイヌの場合は、伝統的な生活をする中で工芸品をつくっていたのが本来の姿だと思いますが、どのタイミングで現代的な生活に移り、工芸品をつくらなくなったのでしょうか。また、それでもつくり続ける人がいたのでしょうか。

藤岡さん:
歴史的に同化された、というところから始まり、その後もいつもアイヌ同士で結婚していたわけではないので、相手が和人であれば日本の生活になっていったのだと思います。うちの母親はまったくアイヌの手仕事はしていなかったですし、私自身も二十歳くらいで自分がアイヌと知りました。

昔ながらに継承してやってきている人は、本当に数人しかいないと思います。生活に密着したものをつくっていても、それを使う機会のない生活の中で、つくる人は減っていったのだと思いますね。茅葺きのチセ(家)に住むなど伝統的なアイヌの生活をしていないので、昔ながらのものをつくる必要がないんですよね。

参考

同化政策
明治政府による北海道開拓事業の推進に伴い実施された政策で、アイヌの人々を日本国家の構成員として扱い、伝統的な風習や生活文化を制限するもの。代表的な法律は明治32年(1899年)に制定された「北海道旧土人保護法」。狩猟・漁労の制限や、学校教育の和風化、伝統的な風習である女性の入れ墨の禁止などにより、アイヌの人々は伝統の文化や生活習慣を徐々に失っていった。

藤岡さん:
もし、季節の行事などで祈りをささげる、というようなことがあれば、わざわざ民族衣装を着ないでやっていたと思います。お酒とイクパスイというお祈りの道具があれば、できてしまうので。

そういう形で細々とつなげてきたものが、やっと最近になって、「アイヌ伝統のものを復活させよう」という動きにつながったんです。本来は女性から女性へ、男性から男性へ伝えていかなければいけないものが途絶えてしまっているので、そういうものを復活させよう、と。私も母から習ったのではなく、本を見ながら勉強して、刺繍などを習得しました。

赤津:
本を見られたということですが、つまり家族の中で伝統の手仕事が伝えられるということが、ほぼゼロになってしまっていたのですか?

藤岡さん:
はい、ほとんどなくなっていました。私の母も、なんとなく祖母や曾祖母がつくっていたのを見て覚えている程度だったようです。ですので今は、まだ昔ながらの風習や生活習慣を知っているアイヌのお年寄りや、アイヌ文化の研究者の方たちなどから教えてもらったり、私のようにそういうつながりがない場合は本で勉強する、という感じです。

電通北海道 中西さん:
伝承のあり方は、地域により、ものにより、本当にそれぞれ違うと思います。なかには後継者がなく消滅したものもあるでしょう。それでも、そういう中で伝統を受け継いできた方々がいらっしゃったり、一度失われたものを過去の文献などを参考に復活させてきた方々がいらっしゃったりして、アイヌ工芸の今があります。

藤岡さん:
「途絶えたものを復活させよう」という強い想いがなければ、伝統の継承はとても難しいと思います。工芸品をつくっても生活に使うわけではなく、何に使うかと言えば、儀式に参加する正装のために着るくらいなので。

観光ブームでアイヌのものが売れるようになって、「伝統のものをつくると少しはお金になるんだな」という認識が生まれたと思います。観光ブームがなかったら、つながっていかなかったかもしれません。

藤岡さん
藤岡さん

アイヌ文化やアイヌ自体の存続が厳しい時代にあって、アイヌというものを知ってもらうきっかけが「観光」なのではと思います。

編集長 赤津
編集長 赤津

今回のインタビューも、多くの方に見ていただくことによって、アイヌ文化に興味を持つ方が増えるといいですね。

編集後記

独自の文化の中で生まれ、それぞれの家庭で親から子へと受け継がれてきたアイヌ工芸。

今回の取材で、一度は失われかけた貴重なアイヌ文化とその手仕事が、「次の世代に伝えたい」という強い想いを持つ方々の手で息を吹き返していくのを感じました。

アイヌ工芸の良さを新しい形で多くの人に伝え、それによりアイヌの人たちが自らの文化を継承していけるようにする、という試みは、他地域の工芸でも参考になるのではと思います。

観光やコラボなど、さまざまな形でアイヌ文化に触れる機会が増えるのを、楽しみにしています!

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