甲冑はどこを見る?美術品・工芸品としての魅力に迫る

日本の歴史には戦というものが大きくかかわってきます。そして戦になくてはならないものが鎧や兜といった甲冑です。この戦に使われる甲冑は、武具としての魅力はもちろんありますが、そのほかにも様々な魅力があります。

意匠が細かく施されていいるうえに、少しずつ構造が異なっており、そこから時代の移り変わりを感じることもできます。甲冑を歴史的に価値のあるものとしての視点だけではなく、飾って美しさを堪能する美術品・工芸品としての視点から魅力を紹介します。

甲冑とはどういうもの?

甲冑と言うと、多くの人々が一番に想像するものが鎧でしょう。もちろん、その考えが間違っているというわけではありませんが、ただ鎧だけで甲冑が構成されているわけではありません。

日本の甲冑は様々なパーツから成り立っており、それらにはその用途や目的に合わせて最適の材料が使用されて作られています。そのひとつひとつを知ることも、また甲冑の魅力のひとつです。

甲冑は、実は胴体部分を守るための鎧と頭部を守るための兜とを合わせたもののことを言います。甲が兜のことを指し、冑が鎧というわけです。そして、これらはおよそ17の部位から成り立っています。

兜部分から順に言っていくと、まず立物と言われる兜の飾り部分があります。これは、素材も様々であれば着用する武将ごとに装飾も異なっていることが通常です。

兜の中心部分となるものが兜鉢です。兜鉢は、頭を守るいわばヘルメットのようなものであり金属や革などで作られ、内部も頭を衝撃から守るために葦や布などのクッション性のある素材が使用されていました。鉢の下縁からは、頭や首を矢の攻撃から守る吹き返しや後頭部と首を守るしころが取り付けられています。

また、防御性を上げるばかりではなく、陽の光や雨を遮断しながら顔を守るという機能を備えた目びさしや顔を守りながら相手を威圧するための装飾である面頬も欠かせません。

首から胴部分にかけては、肩と腕を守るための袖、のどと腕を守るための喉輪、脇を守るための脇引・脇当と続いていきます。ここからは鎧に含まれ始めますが、中心となるものが胴です。胴を守るためのパーツであり、一枚の鉄製の板でできている雪の下胴、桶川胴、そして桶川胴の表面の継ぎ目部分に漆を塗って平らにした仏胴・横板の上下を順々に重ねて糸で結びつけた最上胴・仏胴胸取など様々な種類があります。

さらに、腰から腿部分を守る草摺り、腿を守るためのはいだて、足を守るすねあて、すねと膝を守るための立挙です。細かなパーツでは、腕を守るための籠手、籠手とつながり手の甲と指の部分を守る手甲が付属し、最後に脇差と太刀を備えて完成です。これらは、部分によって異なっていますが、主に鉄や革、布に木でできています。

甲冑の歴史は様式の変遷

甲冑は、兜と鎧からなっており、より細かく様々なパーツより成り立っています。しかし、これらのパーツや構成は、甲冑が初めてできた当初から同じであったわけではありません。

甲冑をその作りの変化から分ければ、古代、中世、近代と分けることが可能であり、それぞれで様式が異なっています。そして、この様式の変化とは、その時代ごとの戦の形式の変化と強く、密接にかかわっているということが可能です。戦の形式が変化するに合わせて、甲冑も重さや素材が変わってきており、それが甲冑の様式の変化へとつながっています。

古代の戦は、まだ武具の発達もそれほど目覚ましいものではなく、甲冑もそれほど発達していません。馬上での戦いや地上戦も盛んに行われていました。

これが中世に入ると、武士が誕生するようになり、戦の中心は馬上での戦いとなります。このこともあり、甲冑は重く、かつ防御力が高いものへと変化します。しかし、近代に近づくにつれて、馬上での戦から地上での戦へと変化していきます。すると、甲冑も人が着ていても問題のない重さで、かつ俊敏に動ける構造へと変化したのです。

このような戦と甲冑の時代の変化は、それぞれの甲冑の構造を見ればある程度分かります。おもな注目部分は兜の鉢の形、胴部分に使用される素材、そして草摺です。

兜の鉢は、細長い鉄板を鋲で繋ぎとめて作られていますが、古代であれば鋲の突起が多く見られ、中世に入ると鋲は潰されて筋がついているように見えます。そして、近代に入ってくると意匠にこだわるようになり、多種多様の形が生み出されています。

胴の素材は、鎧の大部分を占めるものであり、戦の形式の変化に合わせ、徐々に軽くても頑丈なものへと変化していきました。草摺とは、腰から太腿を守るスカート状の部品です。古代や中世は馬上の戦が主流であったために、4枚組がほとんどですが、近代に入ってからは、より機動力を上げるためにさらに分割されるようになっています。

甲冑はただの防具ではなかった!

甲冑は歴史とともに、戦の形式が変わるとともに、その様式も変化していきます。そして、その変化こそが、甲冑がただの武具・防具ではなく、美術品・工芸品としての価値を高めたと言っても過言ではありません。とくに注目すべき点は、兜の立物と胴の装飾です。

これらのふたつは、近代に入り、意匠を凝らすようになっていきました。遠くから見ても目立ち、きらびやかな装飾をするようになったのには、しっかりとした意味があります。この意味とは、要は目立つためです。

武士は戦で功績をあげ、位や恩賞を与えられ出世していくものです。そのためには、戦場で目立たなければなりません。しかし、戦場では多くの兵士が入り乱れて戦い、どこのだれが何をしているのか、遠くから見ている帝や将軍にはわかりにくいというのが現状としてあったのです。

それを解決するために、一目でわかるような意匠を凝らすようになったとされています。自分の身を守ることはもちろん、自分がどこでどのような働きをしているのかをアピールする必要があったために、武将ごとに特徴のある甲冑が作られたというわけです。

甲冑は伝統工芸技術の宝庫

甲冑は、その意匠も素晴らしく、かつ歴史を感じられるものです。武具や防具として眺めることもできれば、工芸品や美術品としての価値も高いです。

それは、単に意匠が凝っているからだけではありません。甲冑がその時代における様々な技術を集めて作られているからということもひとつの理由です。甲冑は、戦に勝利するための重要な道具であり、その時代の様々な最先端の技術が使われて作られます。

例えば、鉄をはじめとした鈑金技術などをはじめとする金属加工や木工技術、皮革工芸によって、強く軽く、動きやすい甲冑が作られます。そして、美しく目立つ装飾をするためには、優れた染色技術に組み紐の技術も必要です。

そして、それらの技術は、現代における伝統工芸技術となっています。つまり、甲冑とは伝統工芸技術の宝庫と言っても過言ではありません。なかには失われた技術すらもあることでしょう。

京甲冑と江戸甲冑の違いは?

甲冑は大きくふたつの種類に分けることができます。ひとつが京甲冑であり、もうひとつが江戸甲冑です。このふたつの甲冑には同じ部分も大きくありますが、異なる部分も多くあります。

京甲冑と江戸甲冑では、着用する人が異なっていました。まず、京甲冑ですが、京都の貴族社会の中で生まれ発展してきたものであり、着用する人々も貴族が中心です。これに対して江戸甲冑は、武家社会の中で生まれて発展してきたものであり、着用していたのも武士です。

基本的なつくりとしては、京甲冑であっても江戸甲冑であっても大きく異なることはありません。

パーツも用途も構造も大きく変わりませんが、見た目や装飾は大きく異なっています。京甲冑は、金属を多用して煌びやかな雰囲気が特徴的です。装飾や金が随所に、龍頭という前立てが中心にあり、優雅でありながら力強く高貴な雰囲気があります。

対して江戸甲冑は、実戦用の甲冑であり、重厚かつ力強いことが特徴的です。過剰な装飾はされず、質素でシンプル、天然素材のつくりが多く、質実剛健という雰囲気があります。

買うなら古美術品?それとも新品の美術工芸品?

甲冑を購入して飾り、その美しさを堪能したいと感じる人も数多くいます。しかし、甲冑はどこで購入するものなのかといったことが問題です。

甲冑を購入する際に注目する点は、自分がどのような観点で甲冑を堪能したいのかといったことです。甲冑は、古く戦で使われていたものであり、その歴史的な価値から古美術品としても見方もありますが、その装飾的・伝統技術的な美しさから美術工芸品としての見方もあります。

もし、骨董的な価値を見出して購入したいと考えているのならば、年代物の甲冑を古美術店などで購入することになります。この際、より価値の高いものを求めるのであれば、いつの時代のどのような甲冑が欲しいのかを専門家へと説明し、プロの目利きで探してもらうことも可能です。

一方で美術工芸品としての価値を見出して購入したいのならば、甲冑工房で新品を製作してもらう方法もあります。甲冑を製作している専門家の数は少ないですが、レベルの高い甲冑師が在籍している工房へと依頼すれば、満足のいく、かつ自分一人だけの甲冑を手にすることも可能です。

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