伝統工芸5.0とは?伝統工芸が生き残るためのヒント

本記事の制作体制

熊田 貴行

BECOS執行役員の熊田です。BECOSが掲げる「Made In Japanを作る職人の熱い思いを、お客様へお届けし、笑顔を作る。」というコンセプトのもと、具体的にどのように運営、制作しているのかをご紹介いたします。BECOSにおけるコンテンツ制作ポリシーについて詳しくはこちらをご覧ください。

Journal編集長
Journal編集長

新たな価値観が次々と生まれ、ミレニアル世代がマーケットの中心となりつつある昨今。長い歴史と共に培われてきた伝統工芸は、どのような道を歩んでいくべきなのでしょうか?博多織の技術をベースに、日本発の世界ブランド構築、事業のDX化など革新的な取り組みを行う、博多織元岡野5代目・岡野博一氏にお話を伺いました。

岡野博一

OKANO代表

博多織元岡野5代目/OKANOブランド主宰

1971年福岡生まれ。明治大学経済学部卒業後、人材コンサルティング会社を設立。26歳の時に、本家が営んでいた博多織元を買受る。13年間続いていた赤字の黒字化に成功。アーティストをプロデュースする株式会社風土 取締役、伝統工芸のブランド・インキュベーション事業を展開する空の目株式会社の代表、博多織工業組合 元理事長、一般社団法人伝統文化デジタル協議会のアドバイザーなどを務める。欧米の伝統工芸を由来とするラグジュアリーブランドの世界的成功事例にヒントを得て、博多織をルーツとするOKANOをGINZA SIXなどに出店。日本の伝統工芸を世界ブランド化するために精力的な取り組みを続けている。

インタビュワー 赤津陽一

BECOS Journal編集長

1986年茨城県生まれ。竹細工職人の祖父を持ち、幼少より伝統工芸やものづくりの現場を見て育つ。祖父の死後、地元地域で竹細工の伝統が途絶えてしまうという状況を目の当たりにし、日本のものづくりの現状を変えたいとの思いから、BECOS(ベコス)の立ち上げに参画。全国の職人やメーカーに対して取材や撮影、インタビューを行い自分の足で情報を集め、読者へ届けることにこだわっている。

目次

工芸の変遷

伝統工芸とは

伝統工芸は、工芸という上位概念のなかにあり、100年以上の歴史が積み上がったものを結果的に伝統工芸と呼ぶ。本記事では、結果的に伝統工芸となったモノの、原点にも触れるため「工芸」と統一して表記する。

工芸1.0
始まりは神への祈りのためだった

Journal編集長
Journal編集長

岡野さんは“工芸というものは、時代と共にバージョンアップしている。これからは、工芸5.0の時代に突入する”という持論を展開されいますが、そもそも工芸1.0とは何でしょうか?

岡野社長
岡野社長

人類が生きるために初めてモノ(工芸以前の道具)を作ったのが石器時代。その後、信仰の対象であった月や太陽のために、特別な思いを込めた器や装飾品を作り始めた。これこそが工芸のスタート。工芸1.0だと思います。

Journal編集長
Journal編集長

縄文時代にも、日常用途としては不必要な装飾がされている土器などがありますよね。どこかおどろおどろしい雰囲気もあり、信仰の対象に対して作られたというのが納得です。

火焔型土器

火焔型土器

参考

火焔型土器(かえんがたどき)は、縄文時代中期を代表する日本列島各地で作られた土器の1種。燃え上がる炎を象ったかのような形状の土器を指す。装飾的な縄文土器の中でも特に装飾性豊かな土器である。集落内の特定の場所で発見される傾向はなく、またオコゲがついているものも出土することから、煮炊きに使われたと考えられる。しかしその形状から見て何らかの祭祀的な目的に使われることがあったとする考えもある。

メソポタミア美術

メソポタミア美術

参考

メソポタミア美術は現在のイラク、古代メソポタミア地方の美術。神殿や墳墓などの壮麗な大建築、大理石や金箔、ラピスラズリ、貝殻などを使った装身具、調度品などの工芸品に代表され、「白い神殿」として知られるジッグラトなど、信仰の対象に対して工芸品が作られていた。

工芸2.0
皇族・王族・貴族のために作られた

Journal編集長
Journal編集長

祈りを捧げるために、作られた特別なものが工芸品だったんですね。工芸はその後、時代と共にどのようなバージョンアップを遂げていったのでしょうか?

岡野社長
岡野社長

一部の非常に裕福な人たち、つまり皇族や王族、貴族が権力の象徴、マインドコントロール、統治するための道具としてモノを作らせるようになったのが工芸2.0です。

Journal編集長
Journal編集長

まだ、神に近いような存在のために工芸品が作られていた時代。神の名の下に、人間が人間を支配する構造の始まりですね。

正倉院宝物 八角鏡 平螺鈿背

参考

奈良時代を象徴する聖武天皇の遺愛品や大仏開眼に使用された品々を保存する正倉院。唐やペルシャで作られた工芸品の他、国内で作られた金工・木工・漆工など、美術工芸のほぼ全ての分野を網羅する諸品が揃い、当時の技術の高さを垣間見ることができる。

ビザンツ帝国の絹織物

参考

4世紀頃から1453年の滅亡まで、ローマ帝国の継承国家として歴史を刻んだビザンツ帝国。数々の優れた工芸品を生み出したが、中でも6世紀に本格的な取り組みが始まった絹織物の生産は、ビザンツ帝国の貿易を支えた。金銀糸をも織り込んだ豪華な絹の錦は、各国の王侯貴族を魅了。宮廷の衣装、室内装飾、皇帝からの贈与品などとして用いられた。

工芸3.0
大富豪とともに発展を遂げる

岡野社長
岡野社長

その後、ルネッサンス期に生まれたハプスブルク家のような大富豪たちに向けて富の象徴、社会的ステータスとしてモノを作ったのが、工芸3.0です。一部産業とも連携し、後の産業革命にもつながる流れができます。

Journal編集長
Journal編集長

ルネッサンスは14世紀のイタリアに始まり、15世紀に最も盛んとなって16世紀まで続いたとされているので、日本では、鎌倉~安土桃山時代ごろですね。産業革命につながる流れの中で、これまでとは違った目的のために工芸品が作られるようになったのですね。

ハプスブルク家で使われていた伊万里焼の食器

参考

中世以来、広大な土地と民族を統治したヨーロッパの名門貴族・ハプスブルグ家。数世紀に渡る歴史の中で、1740年に女帝の座についたマリア・テレジアは長崎のオランダ商館を通じて手に入れた蒔絵や漆器、伊万里焼きを大変気に入り、熱心に収集を行なっていた。


源氏物語 賢木・澪標図屏風 [賢木]|東京都|ご当地限定ジグソーパズルシリーズ「パズル紀行」|エポック社

狩野探幽 《源氏物語 賢木・澪標図屏風(右隻)部分》


参考

室町時代から江戸時代末まで、日本美術界に君臨し続けた画派。漢画様式にやまと絵の手法を取り入れた狩野元信が狩野派の画風を確立したと言われている。各時代の権力者、公家、有力な町衆などから重用され、障壁から襖、扇に至るまで、あらゆるジャンルの絵画を手掛けた。

岡野社長
岡野社長

ウィーンの銀器博物館には、ハプスブルク家ゆかりの名品が数多く所蔵されていて、現在では考えられないような手間ひまをかけた工芸品の数々が展示されています。日本でも日本絵画史上最大の画派である「狩野派」がこのルネッサンス期に誕生しています。

Journal編集長
Journal編集長

一部の特権階級や大富豪に支持され、長い時間をかけてひとつの作品を作り上げることができた時代なのですね。

工芸4.0
ヨーロッパでは工芸のブランドビジネス化が進む

岡野社長
岡野社長

時は流れ、資本主義社会が出来上がっていく中で、マーケティングの発想から生まれ、地域を超えてグローバル化した社会になります。その中で、ある程度の裕福な層に向けて、モノを作ったのが工芸4.0だという風に捉えています。資本主義により、経済生活の二極化が進むことで、裕福な層は、ステータスを顕示するための装置が必要だった、それがラグジュアリーブランドとも合致します。女性の社会進出も大きいでですね。工芸4.0という時代の中で、ルイヴィトンやエルメスは、工芸のラグジュアリービジネス化に成功して、世界に名を馳せるようになったのです。

Journal編集長
Journal編集長

岡野さんはルイヴィトンやエルメスの成功例を元に“工芸のラグジュアリーブランド化”というキーワードをよく出されていますが、工芸がこれから先も生き残っていくためには、薄利多売のような形ではなく、ラグジュアリーブランド化を図るしか可能性がないということでしょうか?

岡野社長
岡野社長

厳密に言うとそうではないと思っています。前段でもお話ししたように、工芸というのはもともと神への祈りのために、非日常的な意味づけをしようと作られたもの。そういった精神的な思いやメッセージが込められていれば、100円でも工芸と呼んでいいと僕は思います。

Journal編集長
Journal編集長

工芸であるか否かというのを判別するものは、価格ではないんですね。この工芸4.0は、これまでの1.0~3.0と比べても、対象者の裾野がかなり広くなりましたね。その分、庇護される存在ではなくなった中で、淘汰される工芸もでてきたということですね。

工芸5.0
生き残るためのヒントは「工芸の●●化 」

Journal編集長
Journal編集長

これまで伝統工芸が歩んできた道をお伺いしましたが、今後はどのような形で展開していくと思われますか?

岡野社長
岡野社長

僕はこれから“工芸の民主化”が始まると思います。

Journal編集長
Journal編集長

工芸の民主化!面白いキーワードですね。具体的にはどういったことでしょうか?

岡野社長
岡野社長

人類の歴史を振り返ると、王族や貴族といった一部の人しか知り得なかった情報や、手に入れられなかったモノをより多くの人に知らしめる、届けるといった革命が時代の流れと共に起きています。民主化の逆、つまり閉ざされた方向に進もうとすることに人類はとても怒りを感じる。工芸も同じで、一部の裕福な人たちしか持ていないようなモノになってしまってはダメなんです。工芸の民主化とは、あらゆる人が買える工芸、開かれた工芸のこと。これが工芸5.0だと思うんです。

精神性が込められたモノが選ばれる時代が来る

Journal編集長
Journal編集長

新型コロナウィルスの流行など、今まで誰も想像もしなかったようなことが次々と起こり、生活様式や価値観もどんどん変化していっていますよね。これからの世界はどういった流れになると思いますか?

岡野社長
岡野社長

コロナが明けた後、人々は祈りや感謝、優しさや思いやりといったものを、もっと大事にするようになると思います。時代は、マインドフルネスとか、SBNRなどスピリチュアルな方向に向かっていますよね。

SBNRとは

Spiritual But Not Religiousの略称、無宗教型スピリチュアル層というカテゴリー。日本語では、「精神的はあるが宗教的ではない」と約される。SBNR層が捉える精神的な見方は非常に多様であり、「自らが何を信じどこに精神的な豊かさを求めるのかは人によって異なる」のがSBNR層の特徴。具体的な関心事として「オーガニック」「自然との調和」「多様性社会」「スピリチュアル」「アンチ資本主義」「パーマカルチャー」などが上げられる。

Journal編集長
Journal編集長

人とモノの関係というのは、どのようになっていくと予想されていますか?

岡野社長
岡野社長

人とモノの関係って、そもそも何だんだろうと立ち返るような動きが出てくると思います。モノには、スマホや車のように、人を便利にして豊かにするという側面と、お守りや親の形見のように、持っていて心が落ち着くとか懐かしさを感じるといった精神的な側面がある。これまでの社会では、前者のような利便性が追求され、精神的な側面が排除されてきましたが、これからは精神的な側面の価値が見直されるようになると思います。

Journal編集長
Journal編集長

そういった時代の中で、伝統工芸はどのような立ち位置になると思われますか?

岡野社長
岡野社長

工芸は、モノに命を吹き込む作業であり、精神性がないモノは工芸ではないと私は考えています。モノに特別な精神性を込めた工芸は、人々のニーズにピタッとハマるような気がしています。めちゃくちゃ高価なモノじゃなくてもいいけれど、ある程度精神的なもの、思いの入ったものを選ぶ消費者が増えて欲しいし、そうなるように工芸に携わる人間はアプローチしていかなければいけないと思います。

工芸の民主化が進めば、頂点も極まる

 

Journal編集長
Journal編集長

工芸の民主化が広がり、多くの人に工芸の魅力が伝わるといいですね!一方で、そういった親しみやすい工芸が発達していくと、どうしても値が張るような工芸品が霞んでしまったり、売れにくくなると言った弊害は出てこないのでしょうか?

岡野社長
岡野社長

物事には、裾野が広がれば頂点が極まっていくという原理があると思います。例えば、発泡酒が売り出された時に、ビールはもう衰退するんじゃないかという議論がありましたが、裾野が広ったことで、クラフトビールが出てきたりと、本物がより極まった。本物には下支えと上支えが必要です。これがあることで、中間というのも自然にできてくる。そういう意味では下支えの力となる工芸の民主化が進めば、何千万、何億とお金に変えられないような価値のあるモノを作り出す上支えの世界もより極まっていくと思います。

本質に立ち返ることで、工芸の度量は広がる

Journal編集長
Journal編集長

日本の工芸品は、敷居が高いイメージを持っている消費者も多い気がします。うっかり間違った着方をするとバッシングを受けてしまうような着物のように…。初心者の方にも気軽に取り入れてもらえるようにするためには、どのようにしていくべきでしょうか?

岡野社長
岡野社長

そもそも論に立ち返るべきだと思います。着物はそもそも普段着。みんなが着物を着て、農作業や野良作業をしていた。お茶も“喫茶”の習慣として、鎌倉時代に宋の国から日本に入ってきた当初は、難しい作法なんてなかった。これが茶の湯、茶道と発展していく中で、複数の流派が生まれ、様々なルールができていったんです。つまり、専門性が既得権益化されてしまったんですね。裾野を広げるためには、“僕らは新しい考えだからこれでいいんですよ”いうことではなくて、“そもそもこうですよね”っていう話をしていくことが重要だと思います。

編集後記

モノの精神的な側面が見直される時代のなかで、人々の新たなニーズに工芸品がマッチするというお話は非常に興味深いものでした。工芸の本質は守りながらも、裾野を広げることで、より多くの人に手に取ってもらえる工芸を目指して行きたいですね。

取材/赤津陽一 構成・文/板倉理紗

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