
今回は、宮内庁御用達の傘を手掛けることでも有名な「前原光榮商店」さんにお伺いして、丈夫で壊れない傘の条件や、傘の作り方などについて教えていただこうと思います。
工房の場所は、最近「東京のブルックリン」としてクラフトの聖地ともなっている「蔵前」にあります。
蔵前駅から、徒歩5~6分の静かな場所に工房はあります。

静かな住宅や卸問屋が立ち並ぶ通りにあるショールーム兼工房
私も、10年前より「前原光榮商店」さんの傘を愛用しており、取材がとても楽しみです。
前原光榮商店とは
宮内庁御用達の傘を作り続ける1948年創業の老舗傘メーカー
皇室の紋である十六花弁の菊の紋章に見立てた「16間(じゅうろっけん)雨傘」を世に広め、安価な海外製の傘とは一線を画する上質なこだわりの傘を作り続けている。
店舗は、ショールームと工房を兼ねており、落ち着いた雰囲気は高級感を感じさせます。
2階に案内されると、2名の傘職人の方が作業をしています。
今日、傘について教えていただくのは職人歴7年の前原光榮商店に初の傘職人として入社された「田中一行」さんです。
異色の傘職人

傘職人 田中一行(いっこう)さん
田中さんは、傘の仕立てを行っている職人さんです。
大阪芸術大学卒業後、東京の出版社を経て33歳のときに傘職人として入社されたという異色の経歴をお持ちの職人さんです。
少し、お話をすると今までお会いしてきた職人さんとは違った印象で「Newタイプ職人」といった感じです。
職人というと、私の祖父もそうでしたが無骨で無口なイメージですが、田中さんは非常に物腰が柔らかく、とても気遣いにあふれる方といった印象です。
詳しく、聞いてみると会社員として働いていた際には、営業のサポートや事務などもしていたとのことですので、職人さんの世界では非常に異色な経歴をお持ちだなと思います。
「もともとモノづくりの仕事をしたいという思いはあったのですが、傘職人にこだわっていたわけではないです」とのこと。
たまたま前原光榮傘商店で働いていた知人から、仕事を募集しているということで、一度職人さんのところに見学に行ったら、今までの傘の概念を覆されるような手の込んだ傘があり、その傘を開いたときに自分の心も開くような瞬間があり、感動して職人になることを決めたと偶然天職に巡り合ったと話してくださりました。
傘の実演販売や、商品の企画なども担当されることがあるとのことで、こうした経歴が様々な挑戦をする際に活かされているのだと、教えてもらいました。
1本の傘ができるまで
傘は、陶芸や竹細工などと違い、複数の素材を組み合わせてつくる工芸品です。そのためより工程も複雑化しており、1本の傘ができるまでに3週間以上かかります。
今回は、田中さんが担当している「裁断・縫製」について詳しく教えていただきました。
シルエットを決める重要工程「三角裁断」
生地に手づくりの木型をあて、ナイフでカットします。
1mm狂ってしまうと、16本骨傘だと1.6cmずれてしまうので、使い物になりません。
この工程は非常に気を使う重要な工程なんです。
木型を見せていただくと、三角形の二辺がちょっとだけカーブしています。
これは、傘を開いた際、骨と骨の中央にあたる生地部分が、軽くくぼむようにするためとのことで、この木型はこれまで前原光榮商店で働いてきた歴代の職人の木型を参考に自作したとのこと。

これまでの職人が作ってきた木型
正確な技術が要求される「中縫い」
縫い合わせる生地の厚さによって、専用のミシンは使い分けられている。
傘の生地を縫い合わせる際には、上糸だけで鎖編み状に縫うことができる専用ミシン使います。
縫い目に伸び縮することで、傘の生地に負担をかけずに開閉を行えるようになっています。
傘を長持ちさせる上で重要な「ダボ布つけ」
「親骨」と「受骨」をつなぐ部分=「ダボ」に、「ダボ布」という生地をつけていきます。
これは、生地に直接骨があたるのを避け、ダメージやサビの移りを防ぐためにつけられています。
ちなみに、このダボ部分が、保管中に中棒と擦れて傷が付かないように、前原光榮商店も傘は、ビニールテープが購入時には貼られています。
あのテープは、傘に圧力がかかってしまい傷が付かないようにしているためのものですので、家庭で保管していただく分には、不要なものなので、購入後は取ってしまっても大丈夫です。
傘の高級感にとっても重要な「つつみ」
「つつみ」では、「受骨」が集まる「ロクロ」と呼ばれる場所を、布で巻いていく工程です。
「ロクロ巻き」は、安物の傘には付いていないことがほとんどで、内側の見た目の高級感も格段に良くなりますし、中棒と骨を保護できるので、傘の長持ちにつながります。
職人の腕の見せ所「露先つけ・中とじ」
「親骨」の先端部分に、「露先」を縫いつけていきます。
生地を縫い込み過ぎると、シワの原因なってしまい傘としては売り物にならなくなってしまうとのことで、とても気を使う作業です。
先端の見た目を決める「菊座・陣笠つけ」
「菊座」をつくって先端に取り付け、その上から金属製の「陣笠」で取り付けます。
仕上げ「アイロンがけ」
ラストはアイロンをかけながら、生地の張りをチェックしていきます。
チェックしているときに、生地を弾く音が心地良いです。
これまでの工程でミス無く、正確に作れていなければ一定のハリのある傘にならないということで、入念にチェックが必要な最終工程です。
丈夫で壊れない傘の選び方
丈夫さということだと、もちろん骨の数が多かったり、生地が厚ければそれだけ丈夫ということになりますが、それ以外にも「露先」がどれだけ丁寧に縫われているかなど、仕事の丁寧さによる丈夫さというところもぜひ見ていただきたいです。
「露先」は、簡単に縫っているようでいて、生地のハリ具合などを考え縫っていかなければいけません。
また、傘の一番先端なので、何かに当たってしまうことも多く、修理の依頼が多い部分でもあるので、この部分が丈夫でない傘を買ってしまうと何度も修理しなければいけないことになります。
「神は細部に宿る」と言いますが、傘の良し悪しを判断する一つが、こんな小さな傘の先というのは驚きですね。
前原光榮商店の傘のこだわり

代表取締役 前原慎史(まえはらしんじ)さん
代表の前原さんにもお話を伺えました。
「大量生産・大量消費の時代だからこそ、職人がつくった思いのこもった傘を使ってもらえたらと思っています。日常で使うものだからこそ使っていただくお客様が、ストレスなく綺麗になめらかに開いて、ハリが綺麗で、雨音が心地よく響く。体で楽しさを感じてもらえるような傘を作り続けたいと考えています。」
前原光榮商店では「傘」という字に含まれる4つの「人」は、それぞれ
- 生地を織る
- 骨を組む
- 手元を作る
- 生地を裁断縫製する
の4分野の職人たちを表していると提唱しているそうです。
これだけ多くの職人が携わる傘を昔ながらの製法を守りながら、作り続けることはとても大変なことです。
伝統工芸業界では、職人の高齢化や人材不足が深刻ですが、傘の業界はどうか聞いてみたところ、傘の骨をつくる職人なども高齢化してきていて、以前のように作れなくなってしまっている方も多いのだとか。
品質にばらつきがでないよう、骨をつくる職人の元へ直接足を運び仕様などについても細かく打ち合わせなどが必要とのことで、たくさんの人が携わる傘だからこそ、技術だけではなく、コミュニケーション能力も必要な大変な仕事だなと感じます。
そういった意味でも、田中さんのようなコミュニケーション能力に長けた職人さんは必要になっていくのかもしれません。
まとめ
「傘」という漢字の通り、傘には非常に多くの職人さんが携わっています。
職人が高齢になってしまい、これまで通りに作れなくなってしまったということも伺いました。
だからこそ、多くの職人さんが作ってくれた1本の傘を大切に使い続けるということが大切なのではないでしょうか。
私が10年使い続けている傘も、全く壊れることなく大切に使わせていただいています。
100円の傘は、雨が止めばどこかに置き忘れてしまっても何も気になりませんが、高価な傘は、持ち歩くときは、少し緊張感があり大切に扱わなければと思いますよね。
大切な方との約束の日や、人生の大一番に職人がつくった最高品質の傘をお供に、出かけてみてください。
いつもと少し違った自分に出会えると思います。