本記事の制作体制
BECOS執行役員の熊田です。BECOSが掲げる「Made In Japanを作る職人の熱い思いを、お客様へお届けし、笑顔を作る。」というコンセプトのもと、具体的にどのように運営、制作しているのかをご紹介いたします。BECOSにおけるコンテンツ制作ポリシーについて詳しくはこちらをご覧ください。
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「手で曲げられる」錫(すず)の器で有名な株式会社「能作」。
スタイリッシュなデザインの商品もさることながら、工場見学や鋳物製作体験ができ、お洒落なショップやカフェがある新社屋で人気を集めています。
今回は、新しく5代目社長に就任された能作千春さんに、30代で女性初の社長就任までの経緯や、「錫婚式」など持ち前の企画力を生かした新しい取り組み、また未来への展望についてお話を伺います。
株式会社 能作
1916(大正5)年に富山県高岡で鋳物メーカーとして創業。高岡銅器の伝統技術による真鍮製の仏具・茶道具・花器の製造から始まり、2003年からは世界初の「錫100%」の製品開発に着手。現代のライフスタイルに合ったインテリア用品やテーブルウェアなど、時代を捉えた製品を展開する。2017年に移転した本社新工場では、産業観光をテーマに工場見学や鋳物製作体験・カフェ・ショップを展開し、年間訪問者は13万人を記録。2019年、結婚10周年を祝う「錫(すず)婚式」事業を開始。2022年には台湾・台北にブランドコンセプトストアをオープン。
能作 千春
1986年生まれ。神戸学院大学を卒業後、2008年に神戸市内のアパレル関連会社で通販誌の編集に携わる。2011年に家業である株式会社能作に入社。現場の知識を身に着けるとともに受注業務にあたる。製造部物流課長などを経て、2016年に取締役に就任。新社屋移転を機に産業観光部長として新規事業を立ち上げる。2018年に専務取締役に就任し、能作の「顔」として会社のPR活動に取り組む。。2023年3月、代表取締役社長に就任。
能作家の長女として、最初から「能作」を継がれるつもりだったのですか?
いいえ、家業を継ぐ気は100%ありませんでした(笑)。父からも「跡を継げ」と言われたことはありません。父が仕事をする姿は生き生きと楽しそうで尊敬していましたが、体力を使う仕事なので女性が働くのは難しい環境だと幼い頃から感じていました。女性としての自分が生き生きと働ける仕事を、と考えた時にマスコミ・出版関係に興味を持ちました。それで、神戸の大学を卒業後にアパレルの通販誌で編集者として働くことになりました。
「家業は継がない」つもりで選んだ編集の仕事から、どうして家業に戻ることになったのですか?
私が憧れていたセンスの良い先輩が、ある時雑貨屋さんで能作の製品を見つけて来られ、それが「かっこいいね、おしゃれだね!」と社内でも話題になりました。妹がデザインした花の形のトレーだったのですが、田舎だと思っていた高岡の工場で作られたものが「かっこいい」「素敵」と語られることに驚き、家業に改めて興味を持ちました。
外に出ることで、家業の新たな面が見えてきたのですね。
やがて周りの人が、「能作の商品を買いたい」と私に言ってくるようになりました。当時は直営店舗がなかったので、私が仲介役として商品を購入して届けるようになりました。それで編集者として3年間働いた後、父も新聞社で3年働いて能作に入ったということで、私も同じタイミングで家業の方に戻ろうと思いました。
自由に曲げることができるかごは、元の形に戻すのも簡単。アイディア次第でさまざまな使い方ができます。
華やかなダリアのデザインと、錫の美しい銀白色が上品で、どんな場所に置いても空間をおしゃれに演出してくれます。
能作
【お皿・かご】 KAGO – ダリア | 高岡銅器
「能作」に入られて、まずは何をされましたか?
当時は50~60代の職人さんが多かったのですが、会社の一員として受け入れてもらうために、まずは鋳物の製造現場に入りました。やはり体力がとても必要な仕事で、「職人さんはこれだけ過酷な状況でものづくりをしているのだ」と実感しました。
現場を体験された後、社内の受発注の体制を整えられたそうですね。
それまでは注文を書き留めるためのノートすらなく、口頭で「風鈴足りないから、風鈴10個くらい作って」などという調子だったのですが(笑)、急激に出荷数が増えていたので、「お客様をお待たせせずに出荷したい」という想いが強くなりました。そこで、受発注の体制を整えるために受注のフォーマットを作ったり、出荷の仕組みを整えたり、出荷場を新たに設けたり、ということを始めました。
その後、2017年に新社屋に移転されましたね。
当時は生産量が増え続け、場所も人も足りないという状況になっていました。そんな中で、「色々な場所で間借りしていた工場を一つ屋根の下に集めたい」、また、「より広くものづくりの魅力を伝えるために、産業観光に力を入れたい」という想いから、新社屋移転に踏み切りました。
「能作」さんでは、かなり早い時期から工場見学に力を入れて来られたのですよね。
父が入社して間もない頃、小学校高学年のお子さんを連れて工場見学に来られたお母さんが、「よく見なさい、ちゃんと勉強しないと将来こんな仕事をすることになるんだからね」というショッキングな言葉をお子さんにかけられたそうです。それがきっかけとなり、「地域の子供たちに地元の産業についてきちんと伝えたい」という想いで、父の代から工場見学を大切にしてきました。
以前から続けられていた工場見学が、新社屋移転に伴いさらに発展したものになったのですね。
「産業観光」として充実させるに当たり、工場見学も鋳物製作体験も「中途半端にはやらない」ということで徹底しました。新たに産業観光部という専門の部署を作り、お客様に喜んでいただけるように工場見学や製作体験を充実させたり、地域と連携して企画を考えたり、おもてなしスタッフの教育を行うようになりました。
「産業観光」に社内で反対はありませんでしたか?職人さんの手が止まってしまいますよね。
工場見学には皆慣れていたと思いますが、新社屋移転で圧倒的に工場見学に来られる人が増えたので、常に自分の前で人が見ている状態になりました。そのため一年目は、「気が散る」「危ない」などの意見と、「多くの人に見てもらうことがモチベーションにつながる」という意見が半々でした。でも人って慣れるもので、2年目くらいになると皆、人に見られることが平気になってきました。
また、「お客様と接点を持つことは素晴らしい」ということを感じてもらえれば変わると思ったので、イベントの際には職人さんたちを巻き込むようにしました。すると職人さんたちの意識が次第に変わってきて、積極的に手伝ってくれるようになりました。今では職人さんたちが主導になって、工場を清掃したり、絵が得意な人は絵を描いてお客様をおもてなししたり、イベントでの実演など「こういうことをしたらお客さんが喜んでくれるんじゃないか」というアイディアを出して形にする、という風に変わってきました。
新社屋の設計もすごいですよね!それぞれの作業場の上に、「炉」や「鋳」などの文字が掲げられているなど、見せ方も工夫してあって。
デザイナーさんや建築家さんなど、外部のプロの力の結集だと思います。基本的に、こちらからはあまり「こうして、ああして」などと言わず、設計者やデザイナーの方が楽しくやりやすい環境をつくって議論を交わしてきた結果、いい社屋になったと思います。
新社屋移転されてから、千春さんのアイディアで結婚10周年を祝う「錫婚式」を実施されるようになったのですよね?
私が一番大切にしているのは、「お客様の声に耳を傾けること」です。これまでお客様とお話しをする中で、たくさんのヒントをいただいたのですが、「もうすぐ錫婚式だから買いに来ました」とか、「10周年の想い出に見学に来ました」という方が割合多くいらっしゃることに気付きました。「錫婚式」というものがあるのは知っていましたが、そういう目的で来られる方がたくさんいらっしゃるのであれば、モノだけではなくコトを通して10周年の幸せを提供できるのでは、と思うようになりました。
ネット検索すると、「錫婚式」を行っているところが他にないようだったので、「それなら錫婚式という挙式を企画して、錫製品とつなぎあわせて発売しよう」と思いました。私自身が当時結婚7周年で、自分のことと重ねた時に、「きっと結婚10周年の人にはこのくらいの子供がいて、こういうことをするとすごく楽しくて、家族がハッピーになる」というのが、具体的にイメージできました。おかげ様で「錫婚式」は大人気で、今では件数も増え、専任のプランナーを雇用するまでになっています。
プランニングからしっかり企画してくださるのに、かなりリーズナブルですよね。
「錫婚式」自体で大きく儲けようとは思っていません。私たちの目標は、「錫の認知を向上させたい」ということ、また「モノ、コトを通して幸せを届けられる会社でありたい」というところにあります。錫婚式を行うことが結果として自社の錫製品のPRにつながっていて、商品を店舗で買う人が各段に増えているので、「それでいいのでは」と思っています。また、実際に錫婚式を行う中で、「本当に素晴らしい」と感じているので、錫婚式がこの先日本の文化として定着するといいな、と願っています。
千春さんは「錫婚式」の当日、立ち会われているそうですね。想い出に残るようなケースはありますか?
おなかの4人目の赤ちゃんのために、錫婚式をして今の家族の形を見せたいというご家族や、ご主人が奥様にサプライズで計画されたところ、涙を流されて喜ばれたりとか。また、パパとママが誓い合うシーンに、お子さんたちが感動で号泣してしまうこともあります。ご案内させていただいたお客様一組一組が、今も鮮明に記憶に残っています。
家業に戻られた後、さまざまなチャレンジを経られて今、30代という若さで社長に就任されましたが、そのきっかけは?
2019年に父が大病を患って1年近く会社に出られなかったことがあり、父が不在の間、すべてのことを私が決めなければなりませんでした。私は女性だし、子供もまだ小さいということもあって、それまで次期社長になり跡を継ぐということは一切考えたことがありませんでした。でも父が倒れたことで「いざという時に、誰がこの会社を守り、引っ張っていくか」と考えると、「自分しかない」と思いました。
そこで、婿入りして能作で働いている主人とお互いの得意不得意を考慮して話し合いました。私は企画を考えたり、外に出て人に伝えることが好き、彼の方は職人の信頼も厚く、中をしっかり守ってくれるタイプです。主人が「自分が会社の中を守るし子供も守るから、千春は会社を引っ張って行って欲しい」と言ってくれたので、その時から「いつ社長になってもいい」という覚悟ができました。
今年は父親の社長就任20周年の節目の年ということで、私も社内を統率できる立場になってきたことであるし、父の方はこれからは「伝統工芸」や「富山県」といった、より広い視野のお仕事に関わることにするということで、社長交代の運びとなりました。
「能作」さんでも初めての女性社長ということですね。
この業界では、女性社長というのはまだ珍しいと思います。それがきっかけで認知につながるのであれば、PR長としてやっていきたいと思っています。また、女性社長自体は、他の業界では結構いらっしゃると思うのですが、まだ小学生の子供2人を育てている子育て真っ盛り中(笑)の女性社長は少ないのではと思います。子育てとの両立でパワーは確かに必要ですが、逆に子供を育てている最中だからこそ得られることも大きいと思うので、「大変」だと思わないようにしています。
社長としてこれからしたいことは?
社員が増えたことで、会社としてのフェーズが別の段階に入ってきたと思います。現在従業員が約180人いるのですが、「100人の壁」とはよく言ったもので、100人を超えると今までと同じやり方では統率していくのが難しいということを感じています。ですので、これまでは社員教育というものをしていなかったのですが、これからは一定の形の教育が必要になると思っています。
町工場ではあるのですが、もうワンステップアップした会社になるために、今、努力しているところですね。でも、父の成し遂げてきたことを敢えて変えない部分もあります。例えば「売上、売上」と言わないというところは変えたくないし、変える必要がないと思っています。
「能作」さんのところでは、皆さん生き生きと仕事をされている印象です。
先日発売した書籍のタイトルも『つなぐ』にしたのですが、「人をつなぐ」ということを常に意識しています。それぞれの個性や持っている力を十分に引き出せるような、そんな会社でありたいと思っています。
私自身、職人ではなく、鋳造の技術を持っているわけではないのですが、それでも母親であり、女性であるというような背景を生かして企画ができているように、それぞれの人での持っているものを生かすことができれば、とても大きな力になると思っています。また、従業員が増えたことで以前よりコミュニケーションが難しくなっているので、職人同士や本社と全国の店舗などさまざまな場面で、私が「つなぐ」役割ができればと思っています。
日常的に社内でも、「話すこと」を大切にされているそうですね。
出社してまずカフェの入り口から入るようにしていています。シェフと料理の話をすることから一日が始まって、そこから、店舗のスタッフと話したり、パートさんと話したりします。私自身が力を持っているかと言えば決してそうではなくて、お互いに話すことから、楽しく仕事をしたり、持っている力を引き出したり、次のステップに進むためのヒントを見つけられるのでは、と思っています。
これからは、海外展開にも力を入れる予定ですか?
10年以上海外戦略を行ってきましたが、今はアジアにターゲットを絞り、本腰を据えてやっていこうと思っています。その中でもインバウンドの需要も増えてきている台湾という国は日本からも行きやすく、日本に非常に近い文化を持っているということで、特に焦点を当てることにしました。
台湾ではどのような展開をされるのですか?
現地デザイナーのデザインで現地向けの商品を作ったり、台北に製品の魅力を伝えるブランドコンセプトストアもオープンしました。ただ、日本よりも認知度はまだ低いので、現地の方に知っていただくための企画作りをしているところです。物を売るだけでなく、観光交流・産業交流も台湾を拠点にできたらと思っています。
国内事業の方は、どのように充実させていきたいですか?
錫婚式など、今も「人生の節目に寄り添う」ようなモノやサービスは提供させていただいていますが、もっとあるのではと思っています。例えば、出産やベビーに関するモノやコトもそうだと思います。他にも色々なカテゴリーに挑戦して、「人生の節目に寄り添う」コトやモノを提供していきたいと思っています。
他産業とのコラボなどはいかがですか?
地域の他業種とのつながりはもちろんあり、例えば着色屋さんとコラボして製品を作ったり、毎年冬には能作でぐい呑みを作り、それを持って近くの酒蔵を巡るツアーなどを企画しています。他にも、レストランさんやホテルさんと協力して「能作の器を使ったディナーコース」と宿泊を組み合わせたプランなどを出しています。
商品を認識していただくのには、錫の器を実際に使っていただくのが一番わかりやすいので、飲食とのコラボはこれからも増やしていきたいですね。
最後に、「能作」として大切にしていきたいことを教えてください。
最近スローガンを新しく「人と、地域と、能作」とさせていただきました。新しく考えたというよりは、今までも大切に伝え続けてきたことを文字化したもので、一番大切にしたいのは、「人と地域」ということです。ここで言う「人」には、取引先様も、外注先様も、お客様も含まれていて、「人」に対して親切で、感謝の気持ちを持って製品を作るのが何より大切と思っています。
また「地域」に関しては、私たちが行っていることは錫婚式にしても産業観光にしても、海外展開にしても、すべて400年の歴史ある高岡銅器の産業が今まで続いてきたからこそチャレンジできているので、その根っこの部分を決して忘れてはいけないと思っています。
でも守るだけではなく、後に残していくためには時代と共に変化をすることも大切だと思うので、常に根っことなる地域の産業を意識しながら、時代を反映した新しいチャレンジを続けていく、という両輪で考えていきたいと思っています。
お父様の時代も、大きなチャレンジをされて来られましたよね。
父は、「将来的にもし千春が『能作」をブライダルの会社にしても、僕は何も言わないよ」と言っています。残すために常に形を変えていくのは当然だ、と考えているからだと思います。それくらいの意識を持たないと後世に残るのは難しいのかな、と私も思っています。
従来の真鍮の製品に留まらず、新たに錫製品に着手して全く新しい技術や商品を開発されたお父様らしいお言葉ですね。5代目の千春さんが、また違った視点から新しいチャレンジをされていくのを楽しみにしています!
「父も私も、あまり儲けようとか、数字を見ようというタイプではなく、楽しいもの、素敵なものをつくることに徹底的にこだわってやろうというタイプ」とおっしゃる千春さん。
社長という大きな肩書を背負いながらも、明るくおおらかで新しいチャレンジにもオープンな様子は、先代から続く「能作」の気風なのだと感じました。
先代の矜持を引き継ぎつつ、また全く違った個性を持つ5代目が、「人と地域」と連携する中で「能作」の新たな時代を築いて行かれるのを楽しみにしています!
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