1400年の歴史を持ち、神社仏閣をはじめ、日本の家屋や家族を守ってきた鬼瓦。その鬼瓦を伝統の技でつくり出す職人のことを「鬼師」と言います。

今回は、半世紀にわたって鬼瓦の制作に携わってきた三州鬼瓦界の大ベテラン・神谷延三郎(かみやえんざぶろう)さんに、「鬼師」の仕事の大変さややりがい、また長年の鬼瓦制作の中で常に心がけてきたことについて伺いました。
昭和42年からおよそ半世紀に渡って鬼瓦の制作に携わる。ユーザー目線の心豊かな作品創りが信条。三州鬼瓦界の生き字引のようなベテランだが、奢ることはなく、常に使い手の立場で考え、鬼瓦と向き合ってきた。「一から十まで全ての工程に心を込めて」。長年に渡って創り続けてきた中で、決してブレることのない信念。その志は確実に作品に表れるという。
「鬼師」ってどんな人たち?
「鬼師」は日本全国でも数少なく、その仕事内容は一般にあまり知られていません。ここではまず、「鬼師」という職業について、その仕事内容や修行についてなど伺ってみました。
神社仏閣の修復に欠かせない「鬼師」

「鬼師」のお仕事について教えてください。

「鬼師」は、神社仏閣や日本家屋の屋根に置く鬼瓦をつくるのが仕事です。新しく制作することもありますが、歴史ある神社仏閣に代々伝わる鬼瓦を復元したり、修復することもよくあります。

確かに、日本の古いお寺や神社には、いつも鬼瓦がのっていますね!

ここ西三河の地では良い粘土がとれるので、その粘土を調合して、鬼瓦を形づくり、模様をつけて窯で焼くのが「鬼師」の仕事です。
西三河の粘土
日本三大瓦の一つである三州瓦(さんしゅうがわら)は、矢作川の下流にある高浜市などの西三河地方でつくられる。三河高原から矢作川が運んでくる粘土はカオリンを多く含む上質なもので、そのため西三河の粘土はきめ細かく、三州瓦も肌が美しいと言われる。
粘土づくりからスタート!「鬼師」の修行

「鬼師」になるには、どんな修行が必要なのですか?

まずは師匠のそばで見て覚えるのが基本ですね。粘土をこねるところから始まって、石膏型を使ったり、ヘラで模様を彫る練習をするなど、ひとつずつ習得していきます。ある程度したら、簡単な鬼瓦を最初からつくろうか、となっていきます。

一人前になるまでに、どのくらいかかりますか?

本当にやれるようになるには、5~6年は最低かかります。

「鬼師」になるための試験などあるのですか?

検定試験があって、一級、二級などの段階に分かれています。もちろん、腕のいい鬼師になるためには、それからもっと修行しなければいけません。
気になる!「鬼師」の雇用形態や年収

「鬼師」の方はどのくらいいらっしゃるのですか?

この地方で20~30人くらいかな。最近は女性の方も増えていて、うちでも一名、頑張っています。

「鬼師」の方は、瓦メーカーに所属されているのですか?

はい。西三河は日本一の瓦産地で、その中でも中心となる高浜には鬼瓦メーカーがたくさんあります。あとは個人や家族でやっている人もいます。

西三河でつくられる三州瓦は、瓦生産量日本一なのですよね!

ひと昔前は、高浜あたりは遠くから見るとそこだけ真っ黒だと言われて(笑)。窯からのぼる煙がそれほどすごかったんですね。

「鬼師」は職人さんということで、修行時代もありますし、年収はどのくらいいただけるのですか?

たとえば法隆寺などの文化財を手がける人と、入りたての新米ではもちろん違うので一律には言えないけれど、きちんと生活できるように支払われるようになっています。
「鬼師」の仕事の醍醐味とは?
ここで長年にわたり、「鬼師」の技を磨き上げてこられた神谷さんに、「鬼師」の仕事のやりがいや苦労について伺いました。
家業の「鬼師」を継いで

神谷さんが「鬼師」になられたきっかけは何ですか?

父が「鬼師」であり、鬼瓦メーカーを経営していたので、その姿をいつも見ていました。私が18歳のときに父が亡くなり、そのあとを継ぎました。

早くにお父様が亡くなられたのですね。

最初は大量生産を手がけていましたが、知り合いの「鬼師」に教わりに行ったりして、いろいろ覚えました。会社にも「鬼師」の人に入ってもらって、相談しながらいいものをつくってきて、今に至ります。
一番大変なのは〇〇〇のお仕事

「鬼師」の仕事で、苦労する点ややりがいのある点を教えてください。

一番大変なのは、復元鬼や文化財の仕事ですね。今までに、京都御所や出雲大社なども手がけてきたのですが、そういう歴史ある文化財では、住職や設計士などと色々やりとりしながら、満足のいくまで復元を行うのでとても大変です。

歴史的な文化財では、さまざまなことを考慮しなければいけないのでしょうね!

緊張しますね。でもそれができ上がって、窯で焼き上げて屋根の上におさまったら、それが一番嬉しいです。

屋根にのせる鬼瓦は大きいので、つくるのも大変なのではないでしょうか?

一番大きいものでは5~8メートルになるものを請け負ったこともあります。

それは大きいですね!建物の2,3階分くらいありますね。

30くらいのパーツに分けて、大勢で作業しました。たとえば頭4つ、足3つなどに分けてつくったものを、最後にぴったり合うようにするのが大変でした。

できるのにどのくらい時間がかかったのですか?

2~3カ月かかりましたね。でもどんなに大変でも、注文されたお施主さんが喜んでくれるのが嬉しいですね。
あの有名文化財も?全国で見られる神谷さんの鬼瓦

先ほど京都御所や出雲大社とおっしゃっていましたが、ほかにはどのようなものを手がけられましたか?

石川県の金沢城、長崎県の平戸城、中部国際空港の中のお店、また埼玉県の川越の古い町並みの鬼瓦を手がけたこともあります。

有名な場所をたくさん手がけられているのですね!ちなみに、一番よくできた、と思われるものはどこですか?

京都御所や佐賀県の歴史資料館、あと関東では群馬県の萩原朔太郎記念館と長野県の堀内家住宅、それから静岡県の玉澤妙法華寺などでしょうか。

本当に日本中で作品が見られるのですね!

自分のつくったものはすぐわかるので、色々なところに出かけてそれを目にするのが楽しいですね。逆にうまくいかなかったな、というものは、その道を避けて通りたいくらい恥ずかしいです(笑)。
鬼面からつくった人の性格がわかる?

鬼瓦にも色々ありますが、鬼面をつくられる場合、表情も大切ですよね?

難しいですね。不思議なもので、つくった人の性格が出るんですね、鬼面にも。

そうなんですか!絵などでも、描いた人に作品は似るといいますものね!

優しい性格の人がつくった鬼は、どうやっても怖くならないし、神経質な人がつくったら、できたものもそのような表情になっている。逆に、鬼瓦から、つくった人のことが想像できますね。
神谷延三郎さんの制作した鬼瓦
鬼面本来の険しさと柔らかさが融合する鬼瓦のインテリア
鬼面本来の険しさを残しつつ、どこか愛嬌が漂う表情は眺めていて飽きることがありません。
また全体に丸みをつけ、柔らかさを表現することで幸福の願いを込めました。使い手に対する敬意と思いやりが作品の根底に感じられる作品です。
【三州鬼瓦】鬼瓦家守 (新東)
室内に飾る鬼瓦:神谷延三郎
「鬼師」の道具とは?
粘土づくりから焼成まで、非常に多岐にわたる「鬼師」の仕事。ここでは、「鬼師」の仕事に欠かせない大切な道具について伺いました。
鬼瓦づくりに欠かせない道具「ヘラ」

鬼瓦をつくる際、「鬼師」の方はさまざまなヘラを使われると聞きました。

そうです。鬼面を荒くつくる竹ベラのほか、シビと呼ばれる模様を彫りこんだり、表面を磨いたりする木ベラや金ベラがあります。

だいたい何本くらい持っていらっしゃるのですか?

人によりますが、最低10~20本くらいのヘラを使いますね。

それは多いですね!

でも今は、ヘラをつくる職人さんが減って、知っているところでは四国に一軒くらいかな。だから近くの鍛冶屋に、「こういうのをつくって」と依頼したりします。
良いヘラを大切に引き継ぐ

最近は、伝統工芸品の職人さんもですが、職人さんが使う道具をつくる方が減っている、という話をよく聞きますね。

そうなんです。だからいいヘラがなかなかなくて、誰かから譲ってもらったり、次の人たちに引き継いだりね。

どんなヘラがいいヘラですか?

いいヘラは丈夫で、よくしなって、また元に戻ります。柔らかいと、曲がったままになってしまう。気に入ったヘラは使い込むので、どんどん短くなってしまいます(笑)。

鬼瓦づくりの技はもちろん、作業につかう道具も、日々大切にして、次の世代につないでいくのですね!
鬼瓦づくりで心がけてきたこと
ここで、半世紀にわたり鬼瓦をつくり続けてこられた神谷さんに、お仕事をされる際に心がけていることをお伺いしました。
「納期の厳守」が一番大切!

神谷さんが制作の際に大事にされていることは何ですか?

まずは納期を守ることです。制作に3カ月かかるとして、たとえば梅雨時には粘土の乾燥に時間がかかるなど、色々な要素を考慮して逆算し、必ず納期に納めるようにします。

納期を守る…。どんな仕事でも大切で基本的なことですよね。

はい、昔は早めに注文しても、約束の納期を守らない業者も業界内にいて、すべての工事が遅れることがありました。お施主さんや設計士に迷惑をかけないように、納期は必ず守るようにしています。
お客さんに喜んでもらえる形がベスト

ほかには、どんなことを心がけていますか?

「お客さんが喜んでもらえる形」というのがベストだと思っています。お客さんの顔を想像して、その建物はどのような地域にあるのか、また家の構造や雰囲気、お客さんの希望などを取り入れながら、お客さんに喜んでもらう形に仕上げるように心がけています。

お客さんの希望は、すべて取り入れられるのですか?
“

ただ言われた通りにではなく、いいものがつくれるように、自分が使うんだったらどうだろう、と常に問答するようにしています。そして、たとえ受注金額が減ってしまうとしても、この方が絶対にお客様が喜んでくれると思えば、お客さんには誠実に意見を伝えるようにしています。

本当にお客さんに一番良いというものを提案するのですね!

私たちは鬼瓦をつくるけれど、鬼瓦だけでなく家全体のことを考えなければいけません。ただ高い鬼瓦、派手な鬼瓦をおすすめするようなことはしません。家全体のことを考えて、また地域や周辺の様子も考えて、トータルバランスを大事にして提案します。
「自分自身も、つくるものもごまかさない」

オーダーの場合、お値段のこともありますね。

本当に良いものがほしいのだったら、安くてはできません。すごく豪華な家を建てた人に、「いい鬼瓦をつくって」と言われ、その家に合うようなものを1,000万円の見積で提案したところ、800万円にしてくれと言われたことがあります。

でも、800万円ではその値段のものしかつくれません。逆に、そこで1,000万円を渡され、「いいものをつくって」と言われたら、1,200万円の価値のあるものをつくろうと思います。職人ですから。

価格ではなく、その家、そのお客さんに本当に合うものを一番に考えられているのですね。

本当にいいものをつくってあげたいと思うので、それをお客さんに誠実に伝えるようにしています。その家や地域とのバランスを考えて、お客さんの希望よりシンプルなものが合う場合は、そうアドバイスしますし。儲けは少なくなっても、後々でもずっと良かったな、と思える方がいいので。

誠実さが、とても大事なのですね。

私の師匠も、「いいものをつくらないかん。嘘はだめだよ」「本物をつくらなだめ。目先に走ってはだめ」とよく言っていました。

一般の人が見て絶対分からなくても、自分が納得できない鬼瓦を見つけると本当にがっかりします。だから、自分自身も、つくるものもごまかさないことが大切だと思います。
「鬼師」を目指す人へのメッセージ
最後に神谷さんに、「鬼師」を目指す人たちへのメッセージをいただきました。

「鬼師」になりたいと言う若い人は多いですか?

そこまで多くないですね。でもここ数年は、「鬼師」を目指す女性も増えてきました。

女性の「鬼師」もいらっしゃるのですね!ところで、「鬼師」を志す方は、地元の人が多いのですか?

はい、やはり地元の子が多いですね。今うちに来てくれている女の子も、この近くの人です。

最後に、これから「鬼師」を目指す若い人に、メッセージをお願いします。

やはり、「お客さんに喜んでいただけるものをつくる」「自分がつくってあとで良かったなと思うものをつくる」、そういう「鬼師」を目指してほしいと思います。そうすれば、自然と後のものはついてくると思うので。

100年も200年も残るものをつくるのだから、お金だけでは最後に寂しいな、と。子供や孫に見せて、「おじいちゃんがつくったんだよ」と胸を張って言えるような、観光に来た人たちに「ああ、あの人がつくったんだ」と言ってもらえるような、そういうものが残せたら、「鬼師」としてとても嬉しいです。
編集後記
京都御所、出雲大社といった日本を代表する歴史的建造物を扱う巨匠でありながら、「お客さんに喜んでいただけるものをつくるのが一番」ということを信条に、常に謙虚に、そして自分をごまかすことなく本当に良いものをつくられている神谷さん。
「鬼面にはつくった人の性格が表れる」とおっしゃっていましたが、神谷さんのつくられる作品にも、真摯に道を極めるゆるぎない強さとお人柄の温かさがにじみ出ている気がしました。
これからも、歴史に残る建造物の屋根を飾る、素晴らしい鬼瓦をつくり続けてください!